瀬戸内小話4
うつくしきもの
「……頭でも沸いたか?」
冷ややかな一瞥は、いつも以上に人を馬鹿にした彩を含んでいる。
確かに唐突な言葉だったかもしれない。だが、それ以外の言葉はないから繰り返す。
「あんたはうつくしいな」
「そのような戯言、女にでも言ってやれ」
もう相手をする気はないと、元就は書に向かう。客人が来ているというのに、なんて勝手な。
いや、元親を客扱いしなくなったというのは、より身近な者になったという良い兆しと見るべきか。路傍の石と思われていたら寂しいが。
向けられた、小さな背中を腕を伸ばし抱きしめる。
「いい加減にせぬかっ」
「あんたはうつくしいさ。清少納言も言ってるだろ?」
苛立つ相手の耳元で囁いてやれば、呆けた横顔が見て取れた。
珍しい顔にしてやったりと口の端を緩めれば、腹に肘鉄をもらう。
「誰か。長曾我部殿がお帰りだ。さっさと追い出し、塩を撒け!」
「おい、ちょっと待てよ」
腹が痛いわ可笑しいやらで、床に転がりけらけら笑えば、立ち上がった元就に足蹴にされる。
「こうすれば、貴様も『うつくしきもの』だな。この図体だけはでかい童めっ」
また一撃、腹に重い蹴りが入る。
駆けつけた毛利の小姓があんぐりと口を開ける中、不機嫌な元就は室を出て行く。
「やれやれ、黙ってりゃ小さくて可愛いんだけどなぁ」
腹を抱え、また笑った。
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枕草子『うつくしきもの』
子供とか小動物とか小道具とか、小さいものは何でも可愛いわねぇって話より。