瀬戸内小話4
花
意外にこの男が花好きだというのを知ったのは、いつのことだろうか。
「へぇ、今日は葵か」
床の間に下げられた鶯切には、一輪。淡い紅紫の花が揺れている。
ここの花が、いつも同じであったためしはない。聞けば、手ずから庭の花を生けているという。これまた、らしくない趣味だろう。
「……詳しいな」
「ま、な」
開け放たれた障子から、眩い日差しが差し込んでくる。
縁側に足を投げ出すような格好で座れば、非難めいた視線が向けられる。だが、それ以上、男は何も言わない。
「そうだ。最近、珍しい苗木をもらったんだが、いるか?」
「珍しい?」
「ああ。唐のほうから持って来たやつだって言ってたな。黄色の花がいっぱい咲くらしいぜ」
下女が運んで来た茶を受け取って啜っていると、男は一段落ついたのだろう、筆を置いて縁側へと出てきた。
珍しく見上げる白い面。その顔は、静かに庭を見ていたかと思うと、静かに横に振られた。
「我の庭には不要なものだな」
「そうか?」
「ああ。だが花をつけたら知らせよ」
男が横に座る。その袂から、ふわり薫るのは何の香か。どうにも、こちらの趣味には弱い。
「四国へ、見に行こうぞ」
「そいつは物好きな」
普段、国を空けることを由としない男が、たかが花ひとつのために国を空けるという。
声を上げて笑えば、眉間に少しばかり皺が寄った。
「まあ、いいさ。案内するぜ。それより、俺が手折って持って来た方が早そうだけどよ」
皿に盛った大福を齧れば、その向こうで男がそうかとひとつ笑う。
「我としたことが、そんなことにも気づかぬとはな」