瀬戸内小話4
境界線
久方ぶりに郡山城に顔を出したかと思うと、男は少しばかり日焼けした手を大きく振り回しながらうれしそうに語る。
その様は、まるで大きな図体をした童のようでもあり、知らずに口元が緩む。
「あんたは、燃えるようなお日様を見たことがあるか? 視界が真っ赤に染まってよ」
「朝焼けのことであろう? そのくらいならば、あるに決まっておろう」
この男が唐突に話を切り替えることは珍しくなく、冒険談からふと飛んだ話題。適当にあたりをつけて応えるのは、もはや習いだ。
それに、また男は笑う。
「まあ、そいつが海も空も焼いてよ。何もかもが真っ赤になるあの壮大な景色は、一度見たら病みつきになるぜ」
目を閉じて、天井を見上げてその風景を思い出したのだろう。こちらが同じように見上げても、板の目しか見えないが。
「そなたが見る海は、空との境目が曖昧なようだな」
「あんたは違うのか? 海と空がひとつになるのを見たことねぇわけないだろ」
興奮気味な相手に軽く息を吐いて言えば、驚いたように目と鼻の穴が大きくなる。
随分と間抜け顔よと、少しばかり溜飲を下げ、頷く。
「境目には常に島がある。なにより天は我の手に届かぬところにあるのが当然よ」
どこぞの魔王やら覇王やらを名乗る男どもは、不遜にも天を掴めると思っている節がある。もしかして、この海賊もまた、天が地上と同じと思っているのではなかろうか。
だが、男は肩を竦め鼻を掻く。
「どんなに海を渡っても、天には届かねぇな。だけど、見渡す限りの海が空とひとつになるのを見ることは出来るのさ」
だからよ、と膝を進め、男は間を詰める。
「あんたも俺と一緒に海に出ようぜ? 瀬戸海にはない風景を見せてやる」
なるほど、いつもの口説き文句につながる、それは前触れであったか。
緩む口元を手で覆い、目を細めた。
「我は瀬戸海の風景だけで満足しておる」
……海と空の境目が見れぬのは少し残念だが、とは言わずにおこう。