瀬戸内小話4
赤
辺り一面の落葉は、まるで血に染まった大地のようである。
そこに一人佇む男の姿は、かつて戦場でよく見たものとあまりに似通っていて、知らず喘ぐ。
その音に気づいたのか、赤い大地を見つめていた男の視線がゆっくりと持ち上がる。
「……来たか」
「あ、あ」
乾いた音は足元から。
赤いそれを蹴散らしながら男が近寄ってくる。
手には、血まみれの輪刀がないのがおかしいぐらいだ。
「何を呆けておる」
「……アンタに、似合い過ぎる場所だろう。ここは」
数多の兵を屠り、幾多の死闘を潜り抜け。ようやく訪れた寧謐の時代というのに、人はいまだに戦場の記憶を捨て去ることが出来ないでいる。
よほどこわばっていたのだろう人の顔へ、男はそ知らぬ顔で手を伸ばす。
反射的に飛び下がる身体を、男もまた追いかける。
「何を怯える。鬼よ。貴様には、この太平の世はよほど不満か」
「違ぇよ。俺が怖いのは……アンタだ、毛利元就」
殺すだけ殺し、奪うだけ奪い。そしてあっさりと覇権争いから身を引いた奇人。
膝を折ることを屈辱と思わず、一度の戦で徳川と和議を結んだかと思うと、返す刃で四国を制圧した。
結果的に、今や徳川の天下。その下で、武器を置くことを是とした男たちが生き続ける。
そう、己の武器はとうに錆びつかせることにしたのに。
今なお、記憶は戦を覚えている。この手で駆け抜けた戦国の世にまた戻りたいと願い続ける。
伊達も武田も上杉も島津も、皆、折られた牙で今一度、天下の喉元に食らいつくべく、虎視眈々とそのときを待っている。
だというのに。
「我が怖い? 奇妙なことを言う鬼よ」
誰よりも早く、あっさりと刀を捨てた男が微笑む。
あれほど血に塗れ、戦場で輝いていた男が、今のままでよいと言う。
それが奇妙でかつ、奇怪と感じないほど元親の感性は鈍っていない。
今、目の前にいる男は空恐ろしい何か見知らぬ男。
「で、なんでこんなところに呼び出したんだ? 紅葉狩りに付き合えとでも言うのか」
一歩引いたまま、問いかければ。切りそろえられた髪を揺らし、男は笑う。
「わからぬか、長曾我部元親。答えをもう、我は得ておる」
風が吹き、雨のように紅葉が舞うその中で。男の手元で白刃が閃いた気がした。