ロマずきんちゃん
何とそこにいたのはスペインではなく、フランスでした。しかもフランスは服を着ていません。こかんにバラを付けているだけです。おどろいたロマーノが身を引く前に、フランスがロマーノのうでをつかみました。きょうふでロマーノは声も出ません。そんなロマーノを見て、フランスはにたりと笑い、ロマーノをベッドに引きずり込みました。
ロマーノの手からはなれたバスケットが、がたん、とゆかに落ちました。
ロマーノのしかいが、まぶしいぐらいの金のかみと、フランスの顔でいっぱいになりました。そのすきまから天井がわずかに見えて、自分がねころがされているのだと気が付きました。
ロマーノははっとなって、一番初めに頭にうかんだことをさけびました。
「お前、何でここに…!」
「それはね、お前がほしいからだよ!」
にこやかに笑って歌うように言ったフランスはしかし、ロマーノの体をおさえこんではなしません。ロマーノがせいいっぱいもがいても、かすかにベッドがきしむだけで、びくともしませんでした。ロマーノはきょうふをふりはらうようにまたさけびます。
「す、スペインはどこだ!」
「さあなあ、おれが食べちゃったかも」
笑うフランスのくちびるのはしから、するどい牙がのぞいています。ロマーノは今さらのように、フランスがオオカミだということをじっかんしました。いえ、それよりもロマーノがはんのうしたのは、フランスの言葉でした。
「うそだ!!」
ロマーノは知っています。ああ見えてスペインは強いのです。ロマーノやヴェネチアーノがあぶない時には、いつでも助けてくれます。今だって、すぐにでもかけつけてくるにちがいありません。ロマーノはそう信じていました。しかし。
「じゃあ何であいつはここにいないの?畑はここのすぐそばだろ?」
ロマーノは言葉につまりました。フランスの言う通りです。スペインの畑はこの家のそばにあるので、スペインがそこにいればすぐに分かります。スペインが家にいないのは、市場に作った野菜を売りに行く時ぐらいですが、今日は市場が開かれる日ではないのです。
ロマーノの目にもりもりとなみだがわき上がってきました。もしかしたら、スペインは本当に食べられてしまったのかもしれません。信じたくはないけれど、フランスの言うことは正しいです。ロマーノの心はいっぱいになりました。
「うそだ、うそだ、うそだあ…っ」
「おいおい、泣かなくてもいいだろー」
フランスはずきんをずらしてロマーノの頭をなで、あふれたなみだをくちびるですくいました。ほっぺにフランスのひげがちくちくとあたり、そのかんしょくまでもがロマーノのきょうふをあおります。あきらめずに手足を動かそうとしてみるものの、状況はちっともよくなりませんでした。
と、ふいに走ったかんかくに、ロマーノは体をふるわせました。
「ちぎっ!?」
フランスの手が、ロマーノの額にふわりとういたかみの毛をかすっていました。その反応を見のがすフランスではありません。
「あらら?ロマーノはここが弱いのかな?」
フランスが笑みを深め、今度は片手の全ての指を使ってそこをいじり始めました。ロマーノは顔をゆがめて泣きさけび始めました。今度はちがう理由でなみだがぼろぼろあふれます。
「やめろ、それっ、や、」
「…うわあ、ロマーノ色っぽーい」
お兄さんこうふんしてきちゃった。と、フランスはぺろりと舌なめずりをしました。ちゃかすようなくちょうでありながら、フランスの目はぎらぎらとしています。
ロマーノは、自分のかみの毛のある部分をいじると、何だか気持ちがいいということを知っていました。しかし、今は全くじょうきょうが違います。こわいのににげたいのに、気持ち良さがロマーノの体をはい回って、訳の分からないことになっているのです。フランスのぎらつくしせんも手伝って、今やロマーノは泣きじゃくっていました。
「ぅぁ、や、やめろって、ば、」
「…『おれはフランスのものになる』って言ったら止めてやるぞ」
「だ、れが言う…ひぅっ、あ」
スペイン、スペイン、スペイン!思い通りにならない口の代わりに、ロマーノは心の中でスペインの名前を呼び続けました。空気が足りないのか何なのか、とにかく何もかもが白んでいく中、その名前だけがロマーノのよりどころでした。
「なあ、ロマーノは、誰のもの?」
フランスがロマーノの耳元でささやきました。にたったようないしきの中に、フランスの言葉が落とされます。まるでさいみんじゅつです。楽になりたい、ついにスペインのことも考えられなくなって、その思いだけがロマーノをしはいしました。
ロマーノは、うつろにぬれたひとみで、ふるえる口を開きました。
「お、おれは…ぁ、ふ、らんす、の」
そのしゅんかん、ものすごい音が家をゆらしました。ぱらぱらと天井からほこりが落ちてきます。ロマーノは音のした方向に首を向けました。
「何やってんねんお前ぇー…!」
開いたドアから、地をはうような声が響きます。外の光をせおって立っているのは、ほかでもない、スペインその人でした。ロマーノは流れるなみだをかくそうともせず、今度こそ、声に乗せてその名前をさけびました。
「スペインっ!」
あせったのはフランスです。
「げ、スペイン…」
「なぁにが『イタちゃんたちが病気しててスペインに会いたがってるぞ』やぁ…!おれのいない間にロマーノに何した!言うてみい!!」
「ちょ、まだ何もしてないって!っておい…!」
「もんどォ…」
スペインがかべにかけてあった手おのをつかみました。
「むよう!!」
「うおわっ!!」
フランスがベッドからころがり落ちました。いえ、フランスは自分から落ちたのです。フランスが身をかがめ、ロマーノの上からどくのと同時に、その頭上をスペインの投げたおのがつうかしていきました。がっ、とあまり気持ちのよくない音がして、おのは家のかべに深々とつきささりました。そのおのは、スペインがつねづね「こいつがおれの戦友やで」と言っている身のたけほどのものではありませんでしたが、それでもこのいりょくです。
「てめえっ!ころす気か、よ…」
床から頭を上げたフランスがさけびましたが、言葉じりがしぼみました。それもそのはず、ロマーノとベッドをはさんだ向こう側に、その「戦友」を肩にかついだスペインがいたからです。
「あれっくらいよけれるやろ、お前は」
スペインはフランスから目を離さないままにこにこと笑ってベッドに近づき、ロマーノをちょいちょいと手招きしました。すかさずロマーノはスペインに抱きつきます。ロマーノは顔を上げようとしましたが、その前にスペインがロマーノの頭を自分のむねに押しつけました。むぐ、と息がつまります。ロマーノが文句を言うより先に、スペインが口を開きました。
「ロマーノぉ、ちょーっとそのまんまで目ぇつぶっとってな。すぐ終わるからな」
スペインがそう言いながら歩いているのが分かったので、ロマーノはこくこくとうなずきました。ちょうどスペインの服でなみだをふくこともできました。