学園小話
優しい嘘 ……金吾と滝
今度の休みはどうするのかと聞かれて、戸部先生のところにお世話になる予定ですと答えたら、綺麗な眉間にシワが寄った。
「確かに今回の休みは短い。だが、低学年のうちはできるだけ帰省するよう、指導されているはずだ」
まったく、いくら不出来の一年は組でもそれぐらいは覚えておきたまえ、なんてまるでい組の誰かみたいな口ぶりだ。
だけど、そんな話は一度たりとも聞いたことがない。
「でも、往復で三十日もかかるんですよ」
「今の金吾ならば、数日は短縮できるではないか」
逆らったら何倍も言い返されるに決まっている。だから不満だけを口にすれば、鼻を鳴らされる。
「体育委員会で毎日鍛えているだろう?」
なるほど、たしかにそうだ。自分ひとりならば、以前よりもきっと早く行き来できるだろう。もしかしたら、たるんでいると思われているのだろうか。だけど。
「そうですけど…喜三太も一緒ですから」
「………あの、なめくじ小僧か」
忌々しいとはき捨てるような舌打ちは、もしかしたらこの人はなめくじでなにか嫌な経験があるのかもしれない。自分だって、最初は本当に苦手だったし、いいものじゃないのはわかるけど。
まあいい、と切り替えるように首を振り、先輩はぽんと肩を叩く。
薄汚れた忍服から土埃が舞う。
「だが、これが七松先輩の耳に入ってみろ」
「いけいけどんどん〜!……ですね」
「そうだ。気をつけろ」
問答無用で、忍術学園から放り出されるぞ。
冗談のような、しかしけっして冗談にならない言葉に、お互い顔を見合わせて引きつった笑みを浮かべる。嫌な想像はしないほうが懸命だ。
「滝夜叉丸先輩は帰らないんですか?」
話題を変えようと水を向ければ、またもフンと鼻を鳴らされる。
「もう家が恋しい歳ではないからな」
「わたしだってそうです!」
それは暗に甘えん坊だと言われた気がする。つい口から飛び出た反発に、失言と気づいた人は咳払う。
「すまん、そういう意味じゃない。低学年のうちは、家族を大事にしなさいという学園の方針があるのだ。高学年になればなるほど、帰省できなくなるからな」
それはなんとなくわかる。山田先生も、その息子の利吉さんも、めったに家に帰らなくて奥さんが学園に押しかけてきたこともあったから。
不意にああ、と呟いたせいで、先輩は不思議そうな顔をする。
「どうした?」
「土井先生がわたしたちに、休みのときは家に帰れって言わない理由がわかったんです」
遠くても、僕らには帰る家がある。だけど、帰れない仲間もいる。
「理由?」
「はい」
怪訝そうに尋ねた人は、しかし数拍置いて、やっぱりああ、と頷いて微笑んだ。
「一年は組は、優しいな」