学園小話
世界 ……小平太×滝
「この1年、滝夜叉丸は私のものだ」などという台詞を満面の笑顔で宣言された場合、人はどう反応するのだろうか。
思わず頷いてしまうのは、それが当事者じゃない場合だからできることで。言われた本人としては、簡単に納得するわけにはいかない。
「……七松先輩。私は、私のものです。他の誰のものでもありません」
ですから、この手を放してください。
しっかり握られてしまった右手を振るが、がっちりと手首に回された指は離れることはない。あとで冷やさなければならないだろう。
「そう思うなら、それでもいいさ」
にかりと笑うこの先輩は、一体何を考えているのか。あくまで人のことをモノだと言う気か。
釈然としないまま見上げていれば、ようやく手首が開放される。代わりに大きな手が頬を撫でる。
「先輩?」
「もし私が体育委員長でなくなったらどうする」
笑みを浮べ頬を撫でたまま、問いかけてくる。それが何の意図を持つかはわからないが、これだけは言える。
「ありえません」
「どうして?」
「七松先輩が体育委員でないなど、空から槍が降ってきてもありえませんよ」
いけいけどんどんと後輩を無理矢理引っ張りまわして迷惑ばかりをかけてくる人だけれど、そうでない男の姿など想像がつかないから。
前ばかりを見て、後ろなど振り向かない。そんな人だけど、人一倍寂しがり屋だということも知っている。一人で走ることが嫌いだということは、四年もその背を追いかけていればいい加減知っている。
だからそうはっきり言えば、ほら、と彼は嬉しそうにまた笑う。
「私もそう思うぞ」
「でしたら、先ほどの問いかけは何なんですか」
からかわれるのは好きではない。むっとして非難すれば、膝を軽く曲げ、くるりとした大きな瞳が見つめてくる。
「わからないか?」
「わかりません」
この人の考えていることなど、ものの半分も理解できたことはない。
「滝がこの私の背中について来ないことなど、想像できないということだ。だからお前は私のものだよ」
そう言って頬を撫でていた指を滑らせ、人の頭を抱き寄せる。
繰り返されれる屁理屈のような言葉遊びに、溜息が漏れる。
「もし私が体育委員を辞めたらどうするおつもりですか」
「辞めたいのか?」
思わず口をついた疑問系に、それまでの笑い混じりの言葉が一転する。しまったと思ってももう遅い。
「………それは、ないですが」
ひやりとしたものを背に覚えながら首を振る。それに、抱きめる人の気配が少し緩む。
「だったら何も問題ない。逃がしもしない」
両手で肩を掴まれ、視線が絡む。
「だから滝夜叉丸は、私の物だ」