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学園小話

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決断の年 ……金吾と滝で2年後


「金吾は体育委員クビだ」
 三年に進級した最初の月、いつものように体育委員会の集合場所へ向えば、去年から事実上の委員長だった滝夜叉丸は人の顔を見るなりそう言った。
「なぜですか!」
 二年間、ずっと一緒に活動してきたというのに。思わず出た激しい声に、何も知らない一年生が不安そうにおろおろする。
「お前が三年生だからだ」
 しかし冷ややかに言い放つ滝夜叉丸には、そんな光景は見えていないらしい。
「っていうか、そういう話は二人でやってくださいよ」
 代わりに三之助が、一年と二年の忍たまたちの頭を大丈夫だと撫でてやる。ようやく気まずいと思ったのか、滝夜叉丸もひとつ咳払いしてすまないと口にした。
「今日は、金吾がいてもいいでしょうが」
 学園内では扱いにくいともっぱら評判のこの人も、体育委員会内ではそうでもない。絶妙なフォローに感謝の視線を向けると、わかっている先輩は目配せを返してくる。
 考え込んでいる滝夜叉丸はそれには気づいた様子もなく、小さく頷いた。何かひとつのことを考えはじめると他が見えなくなるというのは、体育委員長の伝統なのだろうか。
「そうだな。……とりあえず、走るか。体育委員会は体力をつけることが肝要だからな」
 滝夜叉丸の宣言で、その日は裏山までの軽いランニングへと出発する。
 もっともギクシャクした空気の中では走った気にもならないが、新入生にとっては裏山の片道だけでも大変なものだ。
「頑張れ、もう少しで山頂だ」
 声をかければ、うつろな顔で頷き返された。

「三之助、あとを頼む」
「へいへい」
「後輩を路頭に迷わせるなよ! 四郎兵衛、しっかり監視してくれ」
「はい」
 山頂につけば、滝夜叉丸はここから学園に戻るように指示を出す。体育委員会にとっては物足りない軽い距離だけれど、新学期ならばこんなものかもしれない。
 ひとり残るようにと言われた金吾は、先輩に見守られながら必死に下っていく背中を見てそう思う。
 かつて自分にもあんな時代があった。もっとも自分は転入生だったし、委員長が委員長だったから、こんなに優しくはなかったけれど。
 同じことを思っているのか、滝夜叉丸の目も下っていく小さな背中を見つめている。
 その整った横顔を昔は見上げていた。だが、今ではもう近い。
 そうやって積み重ねてきた月日。信頼の絆はしっかり出来上がっていたと思っていたのに、それは一方的なものだったのだろうか。
「どうして私がクビなんですか?」
 その話をするために残されたことはわかっている。つい拗ねるような口調で問えば、ゆっくりとこちらを向く人の手が閃く。
 それを理解する前に、足が咄嗟に大地を蹴った。

「何をするんですか!!」
「いい反応だ」
 今まさに投げつけようとしていた戦輪を懐に戻して、滝夜叉丸は樹の上へと逃げた金吾に向って微笑む。
「そういう問題ではなくてっ」
「そういう問題だ。金吾が憎くて仕掛けているわけではないぞ?」
 座ろうともちかけて、こちらの返事も待たずに滝夜叉丸は金吾が逃げた木の根元に座り込む。
 横に座ったら座ったで、またも仕掛けられそうな気がする。彼の頭上で迷っていれば、そこでいいから聞けと言って彼は話し始める。
「私は戦忍になる。七松先輩もそうなったし、きっと三之助もそうだな」
 四郎兵衛は違うかな、と言う声は少し笑っていた気がする。
「……金吾は、体育委員会がどうしてこれほど身体を鍛えるか、考えたことはあるか?」
 風が梢を揺らし、滝夜叉丸の長い髪をも揺らしていく。
「委員会活動は学園の教育の一環だ。保健委員が薬に詳しくなるように、火薬委員が火薬に詳しくなるように、体育委員もだ」
 実戦ともなれば、体育委員会は必ず前線に向う。そうして戦うこと、つまりは戦忍としての蓄積を増やしていく。 
「金吾は剣術の上手い忍になりたいわけではないと、私は思っている」
 また、風が吹いた。

 沈黙は嫌いではない。普段は喧騒に包まれた生活をしているけれど、長期休暇ともなれば戸部先生と二人きり。ともすれば無口な部類の先生との暮らしでは、沈黙も多い。
 ただこの沈黙は、まるで擦り傷に塩を振ったときのように、えぐられた胸にひどく響く。
 鼻の奥が、つんと痛い。
「いずれ土井先生が指導なされるだろう。忍術学園の三年生は、己の進路を決める歳でもあるのだ」
 ようやく沈黙を破った言葉は、余計に耳に痛い。聞きたくない言葉ばかり、綺麗な唇は紡ぐ。
「は組の居心地がよいのは判っている。だが、金吾、本当にお前が歩むべき道を見誤ってはいけない」
 見下ろす視界の中で、いつの間にか立ち上がった滝夜叉丸が静かにこちらを見上げている。
 なぜかぼやけて見えるその人は、小さく笑った。
「だから、体育委員はクビだ。……お前は、太陽の光がよく似合う」


 木の下から人影が消えると、堰を切ったように涙が溢れた。泣いて、なぜ泣くのかわからなくて、とにかく悲しくて、わんわんと声を上げて、まるで幼子のように泣いた。
 日が西の山に隠れるころ、ひどく腹が減ったので山を降りた。

 考えなくても、最初から答えは出ている。
 いずれは家に帰って家督を継ぐ。そもそも皆本家は武家だし、この忍術学園に入学したのも強くなるためだった。
 師と仰ぐ戸部先生も忍者ではない。あくまで彼は、剣術指南役だ。

 だから、自分は戦忍にはならない。
 だけど……。



 翌日、またも滝夜叉丸が何か言いたそうな顔で睨みつけてくる。
 負ける気はないと睨み返せば、溜息を吐かれる。
「金吾、私の言うことが理解できなかったのか? それとも、本当は忍になるつもりなのか?」
「私は剣豪を目指していますから!」
「だったら……」
 またも後輩たちの前で言い合いを始めそうな滝夜叉丸の言葉を遮るように、こちらも言葉を重ねる。
「忍術も使える剣豪がいたっていいじゃないですか!」
 歓声か、それとも呆れてか、調子狂いの口笛が聞こえる。キッと滝夜叉丸が三之助を睨みつけるので、音の主は彼なのだろう。
 金吾、と宥めるような、優しい声。
「そんなに道は甘くないぞ」
「わかっています。でも、一年かけて悩みます! だから、私は体育委員を辞めませんっ」
 武芸の達人となるならば、身体を鍛えることだって大事だ。だから、この選択は間違っていない。
 どうして体育委員にしがみつくのかと自答すれば、答えが明確にでるわけではない。ただ嫌なのだ。きっと自分で決断して辞めない限り、絶対後悔する。
 決意を胸に睨みつけていた瞳は、不意に穏やかに緩む。
「……そうか」
 そうしてゆっくりと、月下に咲く大輪の花のように広がる笑み。思わず見惚れて言葉を失えば、からかいを含んだ声が耳を打つ。
「ほら、言った通りじゃないっすか。金吾は辞めないって」
 わざとらしい欠伸つきで呟いた三之助の後頭部を、滝夜叉丸は容赦なく叩く。
「いてーじゃないですか!」
「五月蝿いぞ、三之助。では、体育委員会の活動を始めよう!」
 みんな笑うその中で、三之助と四郎兵衛の手が伸びてくる。
 人の頭をぐしゃりと撫でるその手は、とても痛くて嬉しくなった。


作品名:学園小話 作家名:架白ぐら