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学園小話

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痛み ……こへ滝(事後)で、綾部と滝


 すでに寝静まった忍たま長屋。虫の音に混じってかたりと鳴った障子と、ひやりとした空気と共に人影が部屋に忍び込む。
 体育委員の後輩たちは、夕食が終わる頃には戻っていたのを知っている。おそらく彼は、闇がすべて覆い隠すまで待っていたのだろう。物好きめと思いながら、寝床から顔も出さずに声をかける。
「灯り、つけていいけど?」
「あ、ああ……すまない」
 寝ているとでも思ったのか、唐突な声に明らかに動揺した声が返ってくる。そのままこちらの様子を探る気配に知らん顔を貫けば、少しして火種を探る音がする。
 背後で灯る薄明かり。それを頼りに滝夜叉丸はなにかを探している。
「机の上」
「…出してくれていたんだな」
 夜、人目を忍んで戻ってくる彼が探すものなど決まっている。二人で兼用する傷薬を収めた箱と、食堂で作ってもらったおにぎりは、すぐに分かる位置においていたというのに。
「注意力が足りない」
「…………うん」
 指摘すると、素直に頷く。
 今日の滝夜叉丸はらしくないが、七松先輩とそういうことをして帰ったときはいつもらしくないから、一々気にしない。寝返りを打ってその背を見れば、もはや気配を消すこともしなくなった滝夜叉丸が、音を立てて机の前に座り込むところだった。

 水を含んだ髪が、少し揺れる。
「風呂使えたんだ」
 さすがに図太い滝夜叉丸といえど、情事のあとすぐに他人と風呂に入ることはしない。
 頭の回る連中は、食券などで買収した誰かを見張りに立てたりして風呂を使っているけれど、彼も彼の相手もそんな気のつくタイプじゃない。だから運良くできたのかと問えば、いや、と小さく首を振る。
 髪の先からぽたりと垂れた雫が、床にしみを作る。
「川で済ませた」
「風邪ひくよ」
 いくら身体を鍛えていても、秋の夜風は身にしみるし、なによりちゃんと乾かさない時点でどうかと思う。
 もぞりと布団から這い出し、手ぬぐいを手に取る。
 そうして背後に近づいても、滝夜叉丸は振り返りもしないし警戒もしない。
 忍たまなら、簡単に背後に人を立たせてはいけないだろうに。実際、普段の彼ならば必ず一度は振り返る。
 でも今の滝夜叉丸ならば、手にした手ぬぐいを首に回されても為すがままだろう。思考することを止めた頭は、すぐに現実に戻ってはこないから。
「……喜八郎?」
 そうはいっても、背後につっ立ったまま何もしなければ、さすがに訝しがられる。ちらりと見上げてくる瞳には疑いの色はないけれど。愚かしくも感じ、笑いたくなる彼の在り様に、憮然と応える。
「バーカ」
「…………」
 一言、心の底からの言葉を吐いて座ると、濡れた髪を拭い始める。
「本当に、滝夜叉丸は馬鹿だよね」
「学年一優秀な私の、どこが馬鹿だというのだ」
 繰り返せば、ようやくいつものセリフが返ってくる。勿論いつものような、あの高飛車な勢いはない。
「そういうところがだよ」
 乾いていた手ぬぐいは、簡単に湿り気を帯びる。髪を包んでぱんと叩くと、もう用はない手ぬぐいを床に放り出す。
 その間も、滝夜叉丸はずっと手元で何かしていた。背後から覗き込めば、息が首筋にかかったのか、少し身じろぐ。
 それにお構いなしに、まるで背を抱くように覆いかぶされば、左手に握られた毛抜きが見えた。思うように動かないらしく、何度も何度も、右手の人差し指を突いている。
「何してるのさ」
 見ればわかる行為だが、こんな夜更けにやるものではないから問いかける。
「…トゲが……取れない」
 返ってたのは案の定の答えで、自称天才のバカすぎる行為に溜息が出る。
「刺さったまま、痛いんだ」
 何度も指先をつまんで引っ張る。指の皮はすっかり固くなって傷つくことはないだろうが、見ていて痛々しい。もうよしなよと右手を掴む。
「明日にしなよ。この灯りじゃろくに見えない」
 持ち上げた指先には、爪の中に一筋、黒い線が見えた気がする。知らん顔で人差し指を咥えて舐めるのを、滝夜叉丸は何も言わずに見ている。まるで、迷子の子供が通りすがりの村人に出会ったかのような、不安と戸惑いに満ちた顔。

 指し示された道ははっきりとあるのに、なぜ迷うのだろう。
「明日、保健室で蜂蜜をもらおう。そうすれば、とげは簡単に抜けるから」
 なぜ自分から藪の中に入って勝手に傷つくのだろう。馬鹿馬鹿しいとしか思えない。
 太陽に導かれるがごとく、真っ直ぐ歩めば何の痛みも苦しみもないだろうに。もちろん直視できない存在に苦しめられる別の悩みもあるのかもしれないけれど、それはそのとき考えればいいことだ。
 頭がいいなら、これくらい気づいて欲しい。
 でも、気づかないでいて欲しい。そんな矛盾を隠すため、半乾きの髪に左手を入れて、こつりと頭をあてる。開放した濡れた指先は戸惑うように泳いで落ちた。
「大丈夫。ちゃんと抜けるから、安心しなよ。それとも私の言うことは信用できないって?」
「喜八郎は、いつもうそつきだ」
 少しして、愚か者が小さく笑う。
「そうかもね」
 愚者につき合う者もまた、愚者のひとり。悪趣味だと一息吐いて、くしゃりと髪を撫でる。
「おやすみ。先に寝るよ」
「……ん。起こして悪かった」

 毛抜きを置いた滝夜叉丸から離れて布団に潜り、背を向ける。
 着物を脱ぐ衣擦れの音、傷薬の蓋を開ける音、小さく息を飲む音。おにぎりを咀嚼する音、水を飲む音。押入れを開け布団を敷く音、灯りを吹き消す音。いくつもの音の最後に、ようやく聞こえる小さな寝息。
 それを子守唄に、目を閉じた。


作品名:学園小話 作家名:架白ぐら