りんはるりん詰め合わせ
冥土喫茶岩鳶高校ヴァージョン
本日、岩鳶高校では文化祭が開催されている。
その文化祭に凛は訪れていた。
他校の文化祭なんかどうでもいい。本来ならば。
しかし、岩鳶高校で文化祭が開催され、岩鳶高校生とその関係者以外にも門戸が開かれていると知った御子柴部長が行くと決めたのだ。
ひとりで行けばいい。
だが、御子柴の目的は江だ。
江に会いたくて他校の文化祭にまで行くのだ。
御子柴が不埒なふるまいをするような人物だとは思わないが、それでもやはり兄としては妹のことが心配である。
だから、凛も岩鳶高校の文化祭に足を運ぶことにした。
妹のためだ。
それに……。
江から聞いていた。
岩鳶高校水泳部も出店することを。
その店がどういう内容であるのかを……。
凛は今ひとりで岩鳶高校の校内を歩いている。
御子柴は江のクラスで市内を流れる川の状況の調査発表を聞いているはずだ。
凛としても妹がメインとなって行っている発表を聞いてやりたい気もするが、とりあえず顔は出したし、御子柴を足止めできるあいだに行きたいところがある。
行きたいところとは、もちろん、水泳部が出している店だ。
凛は案内図を片手に廊下を進んでいく。
鮫柄高校の白い学生服を着た凛は目立っていた。
他校生だからではない。
妹の江なら、服を着ていても良い筋肉なのがわかる、と表現するだろう体つきの良さ。
そして、後輩の似鳥からは、凛としては不本意ながら、美人、と言われる整った顔立ち。
まわりの女子たちの眼が吸い寄せられるように凛に向けられ、あのひと格好いいね、と囁く声もする。
だが、凛は彼女たちの視線に気づいていないし、囁く声も耳に入っていない。
頭にあるのは、ただ、岩鳶高校水泳部の出店内容のみだ。
江から聞いてから、凛は悶々と悩んでいた。
冥土喫茶だと!?
しかも男女逆転らしい。
今は自分のクラスの発表を手伝っている江が店に出るときは執事を格好をするというのは兄としては安心であるが、水泳部の男子はメイドの格好をするらしい。
それはつまり……。
「あー! 凛ちゃんだ!」
渚の朗らかな声が耳に飛びこんできた。
廊下を行き交う人々の向こうに、渚の姿が見えた。
そちらのほうに凛は足を進めていく。
「来てくれたんだね」
嬉しそうに渚が近づいてきた。
「僕たちの冥土喫茶に!」
すぐそばまできた渚はメイドの格好をしている。
ふわふわとした髪に愛らしい顔立ち、岩鳶水泳部の中では小柄で、メイドの格好をしていても正直違和感がない。
これで実は男前と言っていい性格をしているのだから、人は見かけで判断してはならないのだ……。
「さあさあ、入って、入って」
笑顔で言いつつ、渚は凛の腕をぐいぐい引っ張って岩鳶高校水泳部の冥土喫茶の華やかに飾られた入り口へと連れていく。
天使のような外見で無邪気にふるまいながら押しはかなり強い。
でも、相手にイヤな感じを与えないのが渚のすごいところである。
「いらっしゃいませ」
店の中に入ると、硬い声に出迎えられた。
メガネをかけた一年生だ。
もちろんメイドの格好をしている。
「怜ちゃんはねー、ツンデレメイドっていう設定なの。って、ツンデレなのはいつものことなんだけどね」
「そんな説明いりません」
明るく言った渚に対し怜は硬い声のまま言った。
たしかにツンツンしている。しかし、渚の言ったとおりツンデレなら、そのうちデレるのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
凛はにぎやかな店内を見渡した。
そして、見つけた。
遙のうしろ姿。
ちょうど接客が終わったらしい。
振り返った。
顔が見えた。
凛の眼は釘付けになった。
時が止まった気がした。
店内の客たちの話す声も聞こえなくなった。
一方、遙は凛がいるのに気づいたらしく、お、という表情になった。
けれどもそれは一瞬のことで、すぐにいつもの無表情にもどった。
微動だにしなくなった凛のほうへと近づいてくる。
「凛」
メイドの格好をした遙がいつもと変わらない様子で話しかけてきた。
「来ていたのか」
凛のそばまで来た。
だから。
止まっていた時が動きだした。
凛は無言で財布を取り出した。
その財布から諭吉を何枚か引っ張り出す。
そして、それを近くの勢いよく机に叩きつけるように置いた。
直後、凛は言葉を発する。
「コイツ、終日貸し切りでお願いします!」
「ええっ!?」
水泳部の顧問らしき女性教師がびっくりした表情で声をあげた。
「そんなっ、困ります!」
その声を無視して、凛は遙のほうに手を伸ばした。
遙を抱きあげる。
「え、え、え、え!? あのっ、ウチ、そういうの認めてないです!」
「俺は変態とかじゃないです」
あたふたしている女性教師に向かって、凛はきっぱりと告げる。
「俺は正真正銘コイツの彼氏なんで!」
女性教師が眼を丸くした。
途中から凛たちのやりとりを聞いていたらしい店内の客たちがざわめく。
凛はそれらにかまわず、店の外に出る。
廊下を走る。
遙を姫抱きにしたまま。
しばらくして、校舎からも出た。
校庭を走る。
人のいないほうへと走る。
体育館があり、その近くに木々が植えられていて、さらに倉庫のような小さな建物があるのが見えてきた。
自分たち以外に人はいない。
遠くにいる者たちから見えない位置に、遙をおろした。
それから、凛は、はーーーーー、と大きく息を吐く。
遙を腕に抱いたまま全力疾走してここまで来たのだ。
さすがに疲れた。
「少しは落ち着いたか?」
遙が平常時と同じ声で問いかけてきた。
その声に、凛はハッと我に返った。
そして、ここに来るまでに自分がやったこと、自分がやらかしてしまったことを、思い出した……!
自分はとんでもないことをしてしまった。
理論派なのに、理性がぶっ飛んでしまっていた。
カッと発火したかのような熱さを感じた。
「そう、おまえは恥ずかしいことをしたんだ」
遙が平然と言う。
「ここまで来たんだ。キスのひとつもしたらどうだ?」
「……なんで、おまえがそういうこと言うんだ」
「それは、おまえがえらそうなのは口だけで、いざとなったらヘタレだからだ」
「なんだと!?」
凛はむっとして言い返す。
「俺はヘタレじゃねぇ!」
それを証明してやる!
そう思い、凛は遙のほうにぐっと身を近づけた。
だが、ふと、遙が手をあげ、凛の接近を拒んだ。
「そうだ、思い出した」
「なんだ!?」
「公衆の面前でおまえが俺の彼氏宣言したとき、俺は黙っていてやったんだ」
「うっ……!」
たしかにそうだった。
自分が激しく恥ずかしいことをしたのを、ふたたび思い出してしまった。
顔を真っ赤にする凛に対し、遙は余裕のある様子で言う。
「それなりのこと、聞かせてもらおうか」
えらそうなのはおまえのほうだろッ、と凛は言いたくなった。
しかし。
遙がじっと見ている。
いつもの無表情だ。
可愛げは欠片もない。
けれども。
凛は歯を食いしばった。
それで思いきる。
口を開く。
「たいへん可愛い、です」
「それはこの格好のことか?」
「その格好しているおまえが、だッ」
クソ恥ずかしい。
凛は遙から眼をそらした。
「じゃあ、ちゃんと言い直せ」
「はいはい、俺はおまえが可愛いと思ってますッ」
正確には、可愛くて可愛くてたまらない、だ。
作品名:りんはるりん詰め合わせ 作家名:hujio