ケンカした
朝から気分が重かった。学校に行く気になれず、部屋でだらだらとしていたら、いつの間にか一時間目が終わる時間になっていた。
別に気にする事ではないと思う。山本が怒っているからといって、自分が気にする必要はないと。元々、いつもあいつがツナのそばに居たから、一緒に居ただけ。昨晩から何度も自身に言い聞かせてみたが、山本の怒った顔は頭から離れなかった。
何となく制服に着替えてぼんやりとしていると、携帯電話が鳴った。メールの着信を知らせるその音を頼りに、獄寺は布団に埋もれた携帯電話を探す。
枕の下に隠すように携帯電話はあった。開くと、メールの送り主はツナからだった。
教室に現れない獄寺を心配する文面で、ツナに心配を掛けてしまったことに後悔する。そして、送り主がツナだった事に、少しがっかりする。
「くっそ、メールの一つも寄越さないってか」
携帯電話を閉じて、ベッドの上に放り投げる。
毎日飽きもせず送られてくる山本からのメールが、昨日からぴたりと来なくなった。何も言わずに休んだ日には、返信するまで何度も送ってくるのに、今日はまだ来ていない。
床に座り、煙草に火を付ける。何度もちらちらと携帯電話に目をやるが、ツナからのメール以降鳴る様子はなかった。
些細な事でも、日課になっていた事が途切れると気になる。それに、鳴らない携帯電話が、山本が怒っているのだと思い知らせてくる。
こっちからメールを送ろうか、そう考えて携帯電話を手に取ったところで、すぐ考え直す。山本が勝手に怒っているだけなのだ。こちらから折れるのは癪に触る。
「あーもう知るか! そっちがその気なら、オレにだって考えがあるっての」
再びベッドに携帯電話を投げる。まだ充分に長い煙草を苛立たしげに灰皿へ押しつけて、獄寺は床にごろりと横になった。
登校する気は、すっかり失せていた。
結局、学校には行かなかった。
山本からのメールは、一度も来なかった。
***
翌日、気分は乗らなかったが、ツナに心配を掛けてはいけないと、獄寺は学校へ行った。時間ぎりぎりに行くと、朝練が終わった山本と昇降口ではち合わせるかもしれない。そう思っていつもより早く家を出た。学校に付くと、グラウンドで野球部が練習をしていた。その中に山本の姿を見つけて、相手に見つからないように足早にそこを通り過ぎる。
教室の前で一旦足を止めて、重い気持ちを払うように深呼吸をする。まだ朝練は終わっていない。中に山本はいないはずだ。意を決してドアを開ける。
「あ、獄寺君おはよう。昨日はどうしたんだよ」
背後から声を掛けられる。それはツナの声で、獄寺はほっとしながら後ろを振り返る。
「あ、10代目、おはようごさいます。いやー昨日はちょっと調子が悪くて、ご心配をお掛けし、ま……」
ツナの後ろに立つ山本の姿を見つけて、獄寺が言葉を詰まらせる。山本は不機嫌な顔をわざとらしく反らして、こちらを見ないようにしていた。
「獄寺君?」
背後の山本の表情には気付いていないのか、ツナが気まずそうな顔をする獄寺の顔を覗き込む。
「あ、いや何でもないっすよ!」
作り笑顔を浮かべ、大げさに手を振って誤魔化す。それもまたツナの不審を煽ったようだが気にせず、獄寺達は教室に入り、自分の席に座った。
ほどなくして、始業のチャイムが鳴り、担任の教師が教室に入ってきた。
「出席を取るぞ、青木―――」
教壇に立って、出席簿から目を離さずに名前を読み上げる担任を、頬杖をついてぼんやりと眺める。外は嫌になるほどいい天気なのに、自分の心はちっとも晴れない。これも全て山本の所為だと、振り返って山本を見る。
廊下側の一番後ろの席に座った山本は、同じように頬杖をついて廊下の方を見ていた。それが獄寺からわざと目を逸らしているように見えて、獄寺はむっとする。
普段なら、後ろを振り返ると確実に山本と目が合う。本当に些細な事なのに、山本の行動一つ一つが気になって仕方ない。
「―――獄寺、獄寺隼人。今日も欠席か?」
不意に名前を呼ばれて、獄寺は前を向きなおす。目の前にいるのに気付かないのかと思いつつも、「はい」と返事をする。それが思いのほか素直な声になってしまい、周りの生徒が驚きの目を向ける。機嫌が悪いときにそんな視線を向けられると腹が立つ。
「……何だよ」
低い声で呟いて周りを睨みつける。生徒達は一斉に視線を逸らす。
何となく背中に視線を感じた。それが山本の視線のような気がしたが、振り返ることは出来なかった。
山本の怒った顔を見たくなかった。