ケンカした
グラウンドを煙らせる細かい雨は、昼休みが終わった辺りからぽつぽつと降りだした。
午後の授業が始まり静かになった廊下を、シャマルは鼻歌を歌いながら歩く。今日は体調を崩して寝込んでいる生徒も、教室に行きたくないと居座る生徒もおらず、保健室も静かだ。ここに可愛い女生徒でも来れば完璧だなと思いながら、保健室のドアを開ける。
「ありゃ?」
二台あるベッドの奥側のカーテンが閉められていた。寝ているのか、物音は聞こえない。また勝手に入り込んだ生徒がいるらしい。
「おーい、調子悪いのか? サボりか? サボりならさっさと教室行け」
声を掛けてカーテンを開ける。そこにうつ伏せで寝そべっていたのは、見覚えのある姿だった。
「隼人、そこは可愛い女生徒専用なんだがね」
獄寺が「うっせえな」と顔を伏せたまま呟く。それは微かに涙声になっていて、シャマルはどうしたものかと頭を掻く。
「何泣いてんだ? お前」
「別に、泣いてねえよ」
「じゃあ何で鼻声なんだ?」
「泣いてねえって言ってんだろ! 鼻声は気のせいだ!」
獄寺が、やっぱり顔を枕に埋めたまま怒鳴る。気のせいと言われても、さっきから何度も鼻を啜る音も聞こえているので、信じるのは無理な話である。
「あーそう。ほら、サボりならさっさと教室行け」
シャマルが椅子に座り、犬でも追い払うような動きで手を振る。獄寺は何も言わずに、顔を埋めた枕をぎゅっと握り締めた。
一つ溜め息を吐き、シャマルが冷蔵庫からビールを取り出す。栓を開けて一口飲む。
「で、山本とケンカしたのか? それともツナに情けねえトコでも見られたのか? どっちだ?」
「……両方」
「あっそ」
素っ気無く返事をして、シャマルはビールを一気に飲み干す。缶を握りつぶしてゴミ箱に投げるが、僅かに逸れて、缶は床に転がった。
「ちっ、外したか」
立ち上がって缶を拾う。それをゴミ箱に捨てて椅子に戻ると、獄寺が微かに顔を上げてシャマルを見た。
泣き腫らした真っ赤な目を見てシャマルが苦笑する。
「なあ、シャマル、どうすりゃいい?」
「知るか。ここはコドモ恋愛相談室じゃねーの、自分で考えろ」
「考えたけどわかんねーんだよ!」
「わかんねーじゃねえだろ。謝りゃいい話だ」
「……それで許してくれなかったら?」
「何度でも謝れ。許してもらえるまでな」
『それが出来たらこんな苦労はしていない』と、獄寺が目線で訴えてくる。それを無視して、シャマルはカーテンを閉めた。くるりと椅子を回して机に向かう。
「考えが纏まるまでそこ貸してやるから、気が済むまで考えな」
獄寺から返事はなかった。
暫く鼻を啜り上げる音が聞こえていた。枕カバーは鼻水まみれだな……などと考えていると、いつの間にか、それは静かな寝息に変わっていた。考え疲れて眠ってしまったらしい。
そっとカーテンを開けて中を覗く。うつ伏せのまま眠る姿に、息苦しくないのかと思いながらカーテンを閉める。
机に頬杖を付き、シャマルは暫く窓の外を眺める。雨は止みそうにない。
「……ったく、相変わらず世話の焼ける坊ちゃんだぜ」
小さな声でそう呟く。子供の喧嘩に口を出すのは好きではないが、背後で不貞寝されていると気になるし、正直邪魔なのだ。
「オレも大分甘くなった、な」
頭の後ろで手を組んで天井を見上げて、シャマルは溜め息交じりにそう言った。