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幸福な少年? (続いてます)

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こいつは今、目を白黒させて驚いている。

「おーい、酒、アイスコーヒー、紅茶、ソフトドリンクのどれがいい? ああ、そういや晩飯は? 冷凍だけど、チンすりゃすぐ食えるパスタもあるぞ。ジェノベソース、カルボナーラ、めんたいこ、トマトソース……」

ごそごそ冷蔵庫を漁っていると、家の中を一通り点検し終わり、キッチンに戻ってきた幽がゆったりとテーブルに座る。

「兄さんにも、ようやく彼女ができたんだね。ちょっと寂しい気分だけど、おめでとう」
「はぁ?」

前から突拍子もない変な弟だったが、いきなり何を言い出すんだこいつは?

「俺はホモじゃねぇ」
「ふーん、相手は男の子なんだ。芸能界はそういうの多いし、俺、偏見ないから。いつでも紹介してくれていいよ。俺も見てみたいし」
「…………」

駄目だ。
なんで会話が全く通じてねぇんだ?
こいつ、英語のしゃべりすぎで、日本語の意味を忘れやがったのか?

幽のおでこに手を当て、計ってみたが平熱だった。
アメリカで、妙な病気を拾ってきたって訳じゃないらしい。

「帝人は、お前が雇ってくれた家政夫だぞ」
と言っても、幽は再びこくりと小首を傾げているし。

「渡米が急だったから、事務所の社長に丸投げした俺も悪かったけれど、ごめん。家政婦を俺が雇って兄さん所に派遣するって話、【自動喧嘩人形】の悪い噂のお陰か、池袋中の人材センター全部に断られて駄目だったって」
「は?」
「そういう理由だから『帝人』って子、俺一切関係ない」
「は?」
「その子、どういう経緯でこの家の鍵を手にいれたのかな? 兄さんが合い鍵準備したの?」
「嫌、俺じゃねぇ」
「バイト代誰が出してるの? 食材費は? 兄さん今までいくら渡してる?」
「……俺、ああ、初日に3万渡したっきり……」

帝人は苦学生だと言っていた。
セルティからも、住処も廃屋に近い昭和の匂い漂うボロアパートだと聞いている。
今、冷蔵庫にあるマスクメロンやマンゴーや季節外れのイチゴまでをふんだんに使った豪華なフルーツカスタードタルトを頑見する。

たった3万。
そして東京は生鮮食品が馬鹿高い。
一ヶ月分の朝晩の食材費に帝人の昼食代は兎も角、菓子やこんな高価なフルーツの材料まで買う金なんてあいつには無い筈。
一体、何処から捻出したのだろう?
嫌、その前に……、あいつは何でここで家政夫やってんだ?
一体何の為に?
誰の命令で?

ぴきぴきと、額に血管が浮き出てくるのを感じる。
「………臨也だ。あいつ以外にねぇ………」

こんな回りくどい罠を仕掛けるような奴は。
10代の高校生ならば、きっとあいつの信者。

帝人は臨也の呪縛から解き放たれたような恨み節を聞かせてくれたけれど、それがそもそも信頼させる為の罠だったとしたら?
えげつねぇ。

「あのノミ蟲、よくもよくもよくもぉぉぉぉぉ!!」


だが、今はそれ以上に憎い相手ができた。
気に入っていたのだ。
静雄にとって、初めての彼を慕う来良の後輩が。
本気で細すぎる痩せこけた体を心配し、懐に入れて臨也から守らねばと大事にしていただけに、裏切られた悲しみと絶望が相乗効果となり、胸を焦がす。

「許せねぇ……、帝人帝人帝人……、みかどぉぉぉぉぉ!!」

今まで一ヶ月間、一度もあの華奢すぎる少年に抱いた事のない【怒り】が、彼の中で爆ぜた。


だが、その同時刻。

「はい、これも持っていきなよ」
「新羅さん、いつもありがとうございます」

申し訳なさそうに、ぺこりと頭を下げ、フルーツだらけの紙袋を受け取る。
これらは今年米国から帰ってきた新羅の父が、己が勤めている日本ネブラ社に届いた豪華なお中元を、息子可愛さにどんどん横流しで送り込んできた貢ぎ物だ。

今日も一房1000円以上するであろう美しいマスカットや、水蜜桃という桃の最高級品等、静雄が喜びそうなスィーツの材料が、使い切れるのかと心配になるぐらいふんだんに詰め込まれている。

「いいっていいって。どうせ私一人じゃ食べきれないし。それに親父が私のセルティに吐いた暴言は、こんな品ぐらいじゃ晴れやしないんだから。一生反省しとけ」
 
親子間で何があったかを聞くなんて野暮だが、セルティ激ラブの新羅の機嫌をここまで損ねるぐらいだ。よっぽどの事があったに違いない。

「それより調味料とか静雄の家は足りてる? 油や醤油やドレッシングセットに……、ああ、鰹節とか海苔の良い奴もあるよ。あ、これは金賞受賞の新米? 早いなぁ。うわっ玄米で30キロ分もある。帝人君、静雄に欲しい?」
「はい、明日僕が10キロ分精米してきますから、その中から半分下さい」
「了解。でもそんな大きな秤、この家にあるかなぁ」
「ああ、体重計でやっときます。庶民の知恵です」

首のないセルティが、とことこ二人の前にやってきて、途方に暮れた風情でPDAの画面を見せてきた。

≪それより新羅、今魚貝類詰め合わせセットが届いたぞ。こっちは飛騨牛で3キロもある。もう冷凍庫が一杯で入らない≫
「何考えているんだクソ親父!!これはあれか? こっちの根負けを狙っているのか!?」
≪陰険な森厳がやりそうな事だな≫
「段々値段が張る物にエスカレートしてますね。最後には何が届くんでしょう?」
「笑ってるよね帝人君。人事だと思ってるんでしょ。ああ、もう明日は海鮮鍋とすき焼きでもやろう。紀田君と杏里ちゃんを呼んで、ぱーっと皆で騒ごう。ねぇセルティ!!」
≪それは良い案だが、今日はどうする?≫
「魚入れるクーラーってありますか? 無ければちゃんと密封できる発砲スチロールの箱。コンビニで氷を買ってきて一緒に入れておけば、明日ぐらいなら腐ることなく持ちますよ」
「それなら、薬品入れてたのでよければ、りんご箱みたいに大きいのがあったような」
≪物置見てくる≫
「僕も手伝います」
≪帝人はいいから、明日の準備をしておけ≫

セルティにぽしぽしと頭を撫でられ、新羅に羨ましげに睨まれたが一瞬だけだった。

「あーこほん。それより、帝人君の体調はどう? 口から食べられそうな分量は増えた?」
「はい、ありがとうございます。前は一食分なら八つ切り食パン一枚が限界でしたが、お陰様でマグカップ一杯程度の汁物に、桃程度の大きさの果物も同時に食べられるぐらいに回復しました」
「でもまだ少ないなぁ。学校生活が始まるまでにもう少し身体に肉をつけないと、担任に心配されるよ」
「ですよね。親に報告されるのは勘弁願いたいんですよね」
「それに臨也もだよ。あいつ、友達の私が言うのも何だけど、反吐が出るぐらい嫌な性格してるからさ、強請りの材料に使ってくるかも知れないし。私達の裏をかいて、おびき出されでもしたらどうする?」
「あははは、確かにやりそうですね」

臨也の事務所からセルティにSOSを発信したあの日から、帝人はこの新羅達のマンションに間借りさせて貰っている。
二人の鉄壁のガードのお陰で、我が身が無事だって自覚があるから、セルティさんと新羅さんの二人には、感謝してもし足りない。

「でも、僕だってやる時にはやります」

壁際に置いてある、常時接続のディスクトップパソコンからは、もう鼻歌交じりでも簡単に臨也の仕事場にハッキングを仕掛ける事ができる。