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Melty poison@Valentine(ディスジェ)

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 キッチンはチョコレートの甘い香りが充満していた。普段の彼なら甘ったるすぎて顔を顰めるだろうが、その時はいやに気分がよかった。バレンタインに浮かれる市民の気持ちが分からなかったが、きっとこんな温かい気持ちだったのだろう……ジェイドは納得しながら菓子用に買った大きなリキュールをぐびぐびと飲んだ。
 もう半分以上がなくなっていた。味見にと一口飲んだら、美味しかったので仕方がないのだ。菓子に使うのはほんの少しだったか、こんな大瓶を買わなくてもよかったですねぇ、と酒を煽りながら一人へらへらと笑った。
 ふと、材料袋の中からアニスから買った小瓶が転がり出た。恋の秘薬……本当にそんな便利なものがあれば、誰も恋愛に悩んだりしないだろうに。ジェイドは鼻で笑いとばす。
 そういえば、成分解析をするとアニスに言った気がする。配布されているのだから、あからさまな毒物ではないだろう。
 匂いを嗅ぎ、一滴舐めてみた。少しだけ甘みがあるが、変な味はしない。飲んでも死にはしないだろう、恐らく。
 ジェイドは気分がよかったので、混ぜた材料を一人分、別のボールに入れると、その怪しい液体をどばっと一瓶投入した。ノリで入れてしまった。
 結果なら、サフィールに食べさせれば分かること。心配はない。何せ奴の生命力はゴキブリ以上なのだから。恋かどうかも確定しない自分達の、どの辺りに効くのか楽しみではないか。
 完成したチョコレートを人数分箱に詰め、ジェイドは薔薇色の頬で達成感に浸った。ついでに家にあった紙とリボンでラッピングもしてみた。サフィールの分は分かりやすいように赤のリボンにした。これならあの馬鹿もいちころだ。泣いて喜んで鼻水も垂らすだろう。
 その後は夕食を食べ、早々に床に着いた。風呂に入ってもチョコレートの香りが染み付いている気がして、ついでに追い酒もしていたので、ベッドに入っても浮かれ気分は抜けなかった。




 バレンタイン当日の朝、丁寧にリボンの飾られたチョコレートボックスにジェイドは頭痛を覚えた。
 しかし包装し直している時間もなかった。二日酔いがたたって寝坊し、遅刻ぎりぎりだったのだ。
 ジェイドはチョコレートを鞄に詰めて王城へと向かった。城の中も研究所の方も、やたらと賑やかである。男も女も和気藹々と、親しい人の元にいってはプレゼントを渡していた。やはり男女間が多いが、同性同士の受け渡しも普通に行われているようだ。
 ジェイドは廊下を歩くが、自分に寄ってくる相手は一人もいない。今までは返礼が面倒で、余程親しい相手ではないと受け取ってこなかった。マルクトに来たときからそうであったので、皆、ジェイドには必要ない、逆に迷惑だろうと思っているのだ。別にそれでいい。今更参加する気になったからといって、何となく寂しいなどとは思っていない。
 と、そこへ丁度ガイと出会った。彼はいつもの爽やかな笑顔で「おはよう」と挨拶をくれた。
 予行演習だと思って先に渡してしまうか。ジェイドはガイを自分の研究室に誘い、チョコレートボックスを取り出した。
「ガイ、あのこれ、よければどうぞ。いつも世話になっているので……」
 妙に緊張していた。変な意味ではなく、普段の感謝の気持ちだ。だが、彼はどう思うだろう。歳の離れた男から渡されて嫌がらないだろうか。ジェイドはそっと顔色を伺う。
「えっ旦那が? 驚いたなぁ。陛下からも、ジェイドはバレンタインに興味ないからって聞いてたんだが」
 ガイは少しぎょっとしたが、すぐににっこりと笑って受け取ってくれた。
「ありがとう! 俺も買ってたんだ、クッキーの詰め合わせ。ここの美味いんだぜ」
 ガイは微笑みながら、鞄からラッピングをされた小袋を取り出し、ジェイドに手渡した。
「え。ありがとうございます……」
 まさか、彼からも貰えるなんて。予想外だったが、ジェイドは素直に感動した。彼は自分からの見返りを期待していないにも関わらず、用意しておいてくれたのだ。純粋な優しさに触れ、何故サフィールにしてしまったのか……と心が傾きそうになったくらいだ。
 しかしガイだからよかったのだろう。これがピオニー相手となると、からかい倒されて、無駄に疲れてしまうに違いない。
 ジェイドは箱をもう一つ取り出し、ガイに手渡した。
「これ、陛下にも渡して頂けますか。私が行くと、陛下に余計な時間を取らせてしまいますので」
「そうかい? 自分で渡した方が」
「いえお願いします」
「……分かった」
 笑顔で多少強引に頼むと、ガイはどこかぎこちなくも承諾してくれた。
「じゃあこれ、後で頂くよ。今からブウサギの散歩頑張ってこなきゃな」
 ガイは苦笑しながら、手を振って去っていく。ジェイドはほっこりと心の温もりを感じていた。バレンタインもそう悪くない。普段言えない相手への、気持ちと気持ちの受け渡しなのだ。カモフラージュ扱いにして悪かった、バレンタインが終わればちゃんとした別の品物を贈ろう、と少し反省する。
 程なくして聞こえてきた、女性達の黄色い声と、ガイの情けない悲鳴は聞き流した。若い人達の邪魔をしては、悪いのだから。
 と、そこへ、扉がノックもせずに勢いよく開かれた。壁にぶち当たる扉が、バン、と派手な音を立てる。
「じぇ、ジェイド! ジェイド! おはようございます!! 今日はあの、バレンタインですから……!」
 朝から騒々しく押しかけてきたのは、サフィール・ワイヨン・ネイス。ジェイドの幼馴染であり現パートナーであり、今回の問題の当事者だった。
 ジェイドは面食らった。そういえばこの男は、いつも唐突に現れるのだった。思わず机に置いた鞄を引き寄せる。だが、まだ渡す時の言葉も決めていない。
 しかし、サフィールの方が先に動いた。ジェイドにつかつかと歩み寄ると、赤い薔薇の花束と、リボンの掛けられた箱をずいと突き出したのだった。
「あの、だから、貴方にっ! プレゼントを持ってきてあげましたよ! 受け取って、くれますか」
 サフィールの顔は、ふにゃけた馬鹿面ではなく、真剣そのものだ。頬は赤いが、目付きは鋭い。緊張しているのか。さっきの自分も、こんな顔をしていたらみっともない。
「……どうも」
 ジェイドは笑いが漏れそうになるのを堪え、サフィールからの品物を両方受け取った。
 サフィールはどちらも自分の手から離れたことを確認すると、みるみる内に頬を緩めた。
「あ……はは、ジェイド、受け取ってくれるんですね。よかった……! いつからか、もう受け取ってくれなくなったから……」
 サフィールは心底嬉しそうに呟いた。確かに、彼からこの日に物を贈られるのは何年ぶりだろう。長い間自分達は、道を違えて生きてきたのだ。
 一緒に過ごしていた時は、毎年必ず何かをくれた。マルクトを離反してからも、バレンタインデーにはジェイドの前に現れて物を押し付けていった。
 しかし、ジェイドはそんな関係を断ち切りたかった。その内本気で敵対する日が来るかもしれない、情など互いに不要だ、と。それからは断固として拒否するようになり、サフィールの方も諦めたのか、腹を立てたのか、徐々に来なくなっていった。