Melty poison@Valentine(ディスジェ)
再び、彼から贈り物を貰うのは、どこか感慨深い。ずっと受け取ってこなかったのに、酷い言葉で拒絶をしたのに、よくまた用意する気になったものだ。
悪い気はしない、とジェイドは思った。きっと自分は嬉しいのだろう。今日は少し自分の気持ちに正直になれそうな気がする。彼への感情も、はっきりと自覚することが出来るかもしれない。
「それで、これは何ですか?」
ジェイドは花束を机に置き、箱を開けてみた。中には、何処かで見たようなデザインの、掌サイズの人形が入っていた。
「それは手乗り譜業人形、ミニタルロウXです! 螺子を巻けば一人で歩きますし、目にはライト機能付き、三メートルのメジャーに十得ナイフも収納されていて、ここのふたを開ければ塩コショウがいつでもぱぱっと! 可愛いでしょう! 便利でしょう!」
サフィールは得意げに両手を広げ、満面の笑みで捲くし立てた。
「…………」
何に使えばいいのだろう。彼から貰うものはいつも奇怪なので期待はしていなかったが、昔の方がマシではないか? いや、これは彼の自作物なのだから、気持ちを受け取ってやれということか。
ジェイドはかなり気持ちが白けていたが、顔には出さずにぐっと我慢した。
「で、このボタン押してみて下さい!」
サフィールはミニタルロウXの頭に付いたボタンを指差した。瞳が自信満々にきらめいている。ジェイドは一応、言われたとおりに押してみた。
『ハーッハッハッハ!!』
癇に障る高笑いが、手の中から鳴り響いた。
「ね、凄いでしょう! 録音機能も付いているんです! 私の声を沢山入れておきましたから、寂しい時には聞いて下さいねっ!!」
「…………」
ジェイドは何も言えなかった。その場で握り潰したい衝動を、抑えるのに必死だった。気持ちは受け取ってやるが、後はこの珍奇な物体を、煮ようが焼こうが分解しようがこちらの勝手ですよね、と思うことでどうにか自身を宥めていた。
一方、一通り説明して満足したのか、サフィールはふう、と息を吐き、机に腰をもたれかけた。
「ジェイド、やっぱり、私……嬉しいです。貴方に受け取って貰えて。また怒るんじゃないかって迷いましたけど、貴方の為に何がいいか考えて、頑張って作って、喜ぶ顔が見たくって……今回のバレンタインで、私、ジェイドのこと大切なんだって改めて確信しました」
サフィールはしみじみと語った。彼の瞳は壁を向いていたが、暖かな色をしていた。
「貴方は、ずっと、私の大事な……」
そして、サフィールはジェイドを見、柔らかな眼差しを送った。そこには一点の曇りもない。物は下らないことこの上ないが、サフィールの自分への思慕は確かに感じる。
「サフィール、あの」
ジェイドは決意した。鞄を開き、そっとチョコレートの箱を見つめる。彼の為に結んだ赤いリボン。まだ朝なので彼が贈り物を貰ったかは分からないが、今なら素直に渡せる気がしたのだ。サフィールも想いを伝えてくれた、自分もそろそろ応えてやるべきだ、と心の声が背中を押している。
しかし、ジェイドの次の言葉は、扉を叩くノックの音に遮られた。
「……どうぞ」
ジェイドが許可を出すと、扉が開き、女性の研究員が入ってきた。
「大佐、今日の会議のことですが、今、少々お時間よろしいでしょうか」
「ああ、はい」
ジェイドは逸る気持ちを抑えて、鞄の蓋を閉め、訪問者の応対をした。話はすぐに済み、彼女は一礼して出て行った。
「あ、サフィール……」
話を終え、彼はサフィールを振り向いた。勇気を出して再び鞄に手を添える。
サフィールは、かちこちに硬直しながらも、モデル立ちを決め、不自然に作られた微笑を湛えていた。
「……サフィール?」
「あ! ああ、はい、何でしたっけ。しかしあの人、すぐに帰ってしまいましたねぇ、ジェイドにプレゼントを持ってきたのかと思いきや……」
「いえ、私は毎年断っていますし、あげたこともないので、誰も持って来ないんですよ」
「へ、へーえ、意外と、ジェイド、もてないんですねぇ。まあ、貴方は昔からお返しもしませんでしたし、つんとした態度をしてますしね」
もてるもてないではなく、自分から断っているからなのだが。この男は話を聞いていたのだろうか。
突っ込むのも面倒だったので何も言わずにいると、再びノックの音がした。
今度は若い女性の二人組みだった。ジェイドは要件を聞き、彼女らの質問に丁寧に説明をしてやる。
ふと、サフィールを横目で見ると、再びがちがちのモデル立ちを決めていた。
眉をきりりと上げ、髪をわざとらしく掻き揚げている。視線は窓の外を向いているが、明らかに女性達に、ちらちらと視線を送っていた。それも、いかにも物欲しそうな瞳で。
彼女らは特に無駄話はせず、ジェイドだけと簡潔に話し終えると、礼を言って部屋を去った。
「…………っ、はあ」
サフィールは決めポーズを崩すと、へにゃりと肩を下げた。何だか疲れているようだ。額から汗が噴出している。
「ジェイドの部屋って、結構女性が来ますね。いえ、私の研究室にも来ますけどね。これでもまあ結構慕われていたりして、私も優しくしてあげてるんですよ。貴方からもここでは揉め事を起こすなと言われてますし。にしても意外と悪くない感じの女性が多いですね」
「…………そうですか」
サフィールは鞄から櫛を取り出し、髪をてきぱきと整え始めた。それから鏡を見て、ネクタイの位置を直したり、薄紫の口紅を引き直したりている。
「大佐、失礼致します」
「はぅあ!」
再び開かれた扉に、サフィールは数センチ飛び退いた。次は女性と男性だった。それでもサフィールは腰に手を当てばっちりとポーズを取り、彼に出来る最大限のかっこつけた表情を作っていた。
「……っ、はあ」
来訪者が帰った後、サフィールは、また空気の抜けたボールのようにへにゃりとなった。
「……………………」
その様子を、ジェイドは吹雪の荒れ狂う氷山よりも冷たい視線で見つめていた。
「あ、ジェイド、そういえば何の話でしたっけ?」
「……出て行って下さい。もう用は済んだでしょう」
「えっでもジェイドの話がまだ……」
「今すぐ出て行け」
「うわああっ!? ちょ!」
ジェイドはサフィールを蹴り飛ばした。よく見ると、スーツはいつもよりも入念にアイロンが掛けられているようだったが、容赦なく何度も蹴って部屋の外に追い出した。
「ジェイドぉ、何で怒ってるんですか!? さっきまではちょっと嬉しそうだったのに! ねえ喜んでましたよね!? 分かってるんですからねぇ」
鍵の掛けられた扉をどんどんと叩きながら、サフィールは人目も気にせず、大声で騒ぎ立てている。
ジェイドは扉を開けた。
「ジェイド!!」
主人に飛びつく犬のように顔を輝かせたサフィールの鳩尾に、槍の柄をずどんと一発。
ぐったりとした彼を廊下を通る研究員達に押し付け、素早く扉を閉めた。
ジェイドは机に着き、頭を抱える。
あの男が馬鹿なのは十二分に分かっていたことだが、あれに菓子をやろうとしていた自分が一番馬鹿だ、と煮えくり返る腸に、唇を噛み締めていた。
作品名:Melty poison@Valentine(ディスジェ) 作家名:糸こん