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Melty poison@Valentine(ディスジェ)

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 突如、廊下を揺らすようなどかどかとした足音が鳴り、来訪者が部屋に飛び込んできた。
「おう、ジェイドはいるか!? お前、手作りのチョコだなんて、可愛いもんくれるじゃねぇか! 料理の腕上げたなぁ、流石、俺のジェイド♪」
 ピオニーは扉を豪快に開けるなり、ジェイドに抱きついた。ぎゅうと逞しい腕で身体を締め付け、頭をぐりぐりと撫で回す。
「陛下…………!」
 それと全く同じやり取りを昼間さんざんうんざりする程しましたよねぇ、と、ジェイドは思い切り白い目で睨み付けた。
 しかしピオニーは、悪戯っぽい目でウインクをする。
 ジェイドが訝しんでいると、がたん、と大きく椅子の引く音が鳴った。
「ジェイドが、手作りの、チョコレート……!?」
 驚愕と疑念の入り混じった声を上げたのは、サフィールだった。
「なんだサフィール、お前は貰っていないのか? 俺だけじゃなくガイラルディアも貰っていたぞ? 可哀想な奴だなぁ」
 にやりと口端を上げ、ピオニーは振り返った。
 サフィールの表情が、見る間に引き攣り、強張っていく。
「ジェイド、朝、誰にもあげていないって言いましたよね」
 サフィールは、射抜くような双眸で、まっすぐにジェイドを見つめていた。
 ジェイドは棘に刺されたような痛みを感じ、思わず目を背ける。
「貴方が昔からお返しをしないのは分かっていました。だから諦めてきっていたけど……そいつらには、あげているんですね。しかも、手作りの……親友の、私を差し置いて」
 地の底から這い上がるような声色だった。暗い闇がその瞳にうねりを巻き、取り巻く空気さえも硬質に変質させていく。しかし、サフィールの瞳は、憤りにまして、悲しみが勝っていた。
「私が……今まで、どれだけ……っ、ジェイドから、欲しかったか……」
 サフィールは俯き、消え入りそうな声で呟いた。
「……もう、いいです。どうせ……私なんて、いつまでもジェイドには……!」
 彼はもうそれ以上何も言わず、椅子を蹴り倒しながら走って部屋を出ていった。その瞳に、水滴が滲んでいるのをジェイドは見た。
「……サフィール」
 ジェイドの唇は自らも気付かずに、彼の名を紡いでいた。

「おいジェイド。おーい」
 呼ばれて、はっとジェイドは我に返る。
「……重症だな」
 ピオニーは苦笑した。冷やかして遊ぼうにも、これでは良心が咎めそうだ。
「……陛下、これは」
 ジェイドはずれた眼鏡のブリッジを押し上げ、冷静を装い、問うた。
「うむ、よし。お前には新たに任務を命ずる。最後の一個のチョコレート、それを渡してこい! 渡すまで帰れると思うな!」
「…………は?」
 力強く指差したピオニーに反して、ジェイドはげんなりと眉を寄せた。
「お? 何でチョコレートの個数を知ってるんだって顔してるな? そんなもの、俺ともなれば少し考えれば分かることだ。何年お前と一緒にいたと思ってる」
「……貴方はただ面白がっているだけでしょう」
「いや、それはもう止めた。取りあえず、最近のお前はどうも馬鹿になっているようだ。だから一度すっきりしてこい。そろそろ胸のわだかまりを解消してやれ」
 それはもう、という辺りが引っかかるが、ピオニーは存外真摯に自分を見つめていた。確かに、呆けた真似をしているのも自覚している。他人から指摘されると中々ショックなものである。
 ピオニーは優しく諭すように、ジェイドの肩に手を添えた。
「今行かないと、これからもずっと馬鹿のままだぞ。後悔したくないだろう?」
「……それは困ります」
 切実に、かなり困る。だが、行っても更に馬鹿を見るだけではないだろうか。どうせ彼は、自分の事は対象外とみなしている。一体何といって渡せばいい。
「お前、俺の部屋に置いていったサフィールの音機関、あいつの声を最後まで聞いたか?」
「?」
 ジェイドは怪訝に小首を傾げた。ピオニーはにっと白い歯を見せる。
「最後の最後にな、『ジェイド、愛してる』って入ってたんだ。お前は、これからもそれを無視し続けるのか?」
「…………!!」
 ジェイドは目を見開いた。まさか、あいつが。しかし……それだけではどういう意味でかは分からないではないか。当たって砕けるような真似はしたくない。それが出来る程もう若くないのだ。
 だが、彼が自分をやはり、強く想っているのは事実なのだろう。サフィールは、決してジェイドから贈り物が欲しくなかった訳ではない。
「…………」
 ジェイドは睫を伏せ、拳を小さく震わせていた。ピオニーは、そんなジェイドの肩に乗せた手に力を込める。その背を押すように。
 ピオニーの大らかな海のような眼差しに、ジェイドは自らの胸に暖かな灯が点るのを感じた。
「分かりました……命令とあらば」
 ジェイドは微かに息を呑み、鞄を持つと、出口へと歩き始めた。
「ジェイド、これ持っていけ! 俺からのバレンタインだ! お前も頑張れよ」
 ピオニーは包装された小さな箱を、ジェイドに投げてよこした。
「……ありがとうございます」
 ジェイドは振り向いて受け取ると、綺麗な微笑を見せた。そして背を伸ばして廊下を歩いていく。
 最初はゆったりとしていたブーツの音が、徐々に早くなるのを聞き、ピオニーはふっと微笑んだ。
「『ジェイド、愛してる』か。いい顔してたじゃねぇか……まぁ、嘘なんだが」
 ま、多分何とかなる、多分。幼馴染の勘が告げている。根拠はないのだが、ピオニーは一人満足げに頷いた。
「陛下ぁ! サフィールがジェイドのコートをっ!」
 隣室では、皇帝の世話係兼ブウサギの世話係が、ジェイドのブランドコートでブウサギと綱引きしていた。
 彼らはブウサギの散歩中であった。
 因みに、ガイは女性達に揉みくちゃにされ、今日だけで三回失神している。

 ジェイドはサフィールの部屋へと足早に向かっていた。相変わらず、渡す時の台詞も思いつかない。しかし後悔をしたくない、という想いだけがぐるぐると渦を巻いている。
 何度も捨ててしまえ、と思いつつも、捨てられなかったチョコレートだった。これを作っていた時の自分は、何らかの心を込めていた筈だ。それを無駄にするのは癪に障る。
 途中、あの食堂で見た女性達に出会った。彼女らは、またバレンタインの話をしているようだった。
「そういえば、貴方はネイス博士には渡したの?」
「やっぱり止めたの。彼氏に、他の男には渡すなって言われちゃって」
 若干頬を染めた彼女の言葉に、ジェイドは足が滑りそうになった。
 自分は何の為に振り回されたのか……猛烈に虚しくなる。だが、これであの男には自分の分だけだ。このままずっと拗ねられていても仕事に差し障る。だからやるのだ、最初の目的とそう違いはない、と自身を奮い立たせる。
 女性達の横を何食わぬ顔で通りすぎ、歩く速度を緩めぬままサフィールへの研究室へと足を急がせた。そして扉の前に着き、一応ノックをしてみた。返答はない。
 ……かちゃり。暫し戸惑ったが、彼はサフィールの研究室の扉を開けた。
 中では、部屋主が机に顔を伏せ、小刻みに背中を震わせていた。
「……サフィール」
 呼ぶと、びくりとその背が跳ねた。鼻を啜る音と瞼を擦る仕草。いい大人がまるで子供じみている。
「何ですか……」