二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

繋いだ手、握りかえす手

INDEX|2ページ/3ページ|

次のページ前のページ
 

 夕暮れ時の他に誰もいない二人きりのプールで、しかも手は離さずに繋いだままの状態であることを意識すると、何だか恋人同士のような雰囲気だなと、平古場は少し照れくさくなったが、これはこれでいいかと開き直った。
 どうせ木手は、平古場が考えているようなこと何て、微塵も考えていないはずだ。多少の過剰な接触や、甘い雰囲気作り等、あれこれと今まで試して見たけれど、どれも木手の反応は薄かった。
 それも仕方の無い反応だなと、諦めがついたら途端に些細なことはどうでも良くなった。こうして、手を繋ぐ理由が無くても木手が嫌がらなければ繋いだし、抱きついたり、思わせぶりな態度も平気でするようになった。
 けれどやはり、どんな行動を起こそうと木手の反応は薄いままだったが、何だかんだで面倒見のいい木手は、そんな平古場を鬱陶しがりつつも離れていったりはしなかった。
 それが平古場には、単純に嬉しかった。
「やーどうしたんばぁ」
「別に、どうもしていません」
 そっけない態度にもめげることなく、平古場は握った手を小さく揺らして心配そうな顔をした。
「でも、元気ない。心配ごとでもあるのか」
「そんな訳ないでしょう。全国大会も終わって、後は勉強するだけですからね」
「うー……いやなこと言うなよー」
「事実を言ったまでです」
 つれないことを言う木手に、情けない顔をしつつも握る手に軽く力を込めて、平古場は心配そうな声をだした。
「全国大会で、思い残したことがあったんじゃねぇの」
「まさか」
 即答で返された言葉が信じられなくて、平古場はじっと木手の瞳を見つめた。言葉では木手に敵わないと知っている平古場は、ただじっと視線を逸らすことなく見つめ、手を離されないように握る。
 真摯な瞳に、木手はどこか気まずい思いを抱いたが、視線を自分から逸らすのは癪だったので、そのまま平古場と視線を交差し合った。
 平古場へと向けた言葉の通り、全国大会で思い残したことなんて無かった。全力を出し切った結果に対して、いつまでも引きずるようなことはしない。この先もテニスを続けていれば、いつの日か必ず、リベンジする機会が訪れるはずだからだ。
 もし後悔していることがあるとすれば、認識が甘かったということくらいだ。ただそれも、木手が知らなかった世界が、予想よりもはるかに大きかったということくらいだろう。
 辛く苦しい練習に耐え偲び、結果を得るためにはどんな汚い手段も平気で行った。
 けれど、それだけでは足りないものがあった。
 木手がこの先、どれほど努力すれば持つことが出来るか、それが分からないほどの才能を目にした。

 勝てると信じていた信念を、砕かれるほどの力を。

「……卑怯なことばかりしていたから、テニスの神様に愛想をつかされたんですかね」
 そう言って笑う木手が、何を言いたいのか、平古場には痛いほど分かった。
 努力を嘲笑うほどの才能を目にすれば、誰だって諦めたくなる。前だけを見て信じて進んできた道を見失えば、立ち止まってしまいそうになる。
 平古場自身にも経験があることだったし、木手や仲間達と共に目指してきた目標は、望む結果を得られることなく終わってしまった。得られなかったものは確かにあったけれど、平古場には得られたものも同じだけ、いやそれ以上にあった気がした。
 だから、木手にそんな顔をして欲しくないと思った。木手や仲間達が歩むべき道が、無くなった訳ではないことを知って欲しかった。
「そんなことねぇよ。永四郎だって、テニスの神様に愛されてるだろ」
「何を言い出すかと思えば……くだらない」
「くだらなくねぇーよ!本当のことだろ?わんは、ずっと永四郎のこと見てきたから知ってる」
 迷いの無い声で言い切った平古場に、目を丸くして見返せば、少し照れた笑みが返ってきた。握っていた手に、もう片方の手を上から包み込むように重ねる。大切な言葉を、その掌から伝えようとするかのように、平古場は自分の顔の前へと持ち上げた。まるで、祈りの様な仕草に、木手は目を離すことが出来なかった。
「やーが、わったーに教えたことを、忘れたとは言わせねぇからな。やーがいたから九州地区大会で勝てた。そして、全国へ行けた。目標にしてた全国大会へ行けたんだぜ?神様に好かれてないわけねーだろーが!」
「……ですが」
「確かに、優勝は出来なかった。……こんなこと言ったら、永四郎は怒るかもしれないけどな、わんはそれでも良かったと思ってる。一度で、あっさり優勝しちまうのもつまんねぇだろ?次に負けた相手と戦った時に、勝てばいい。その方がきっと、何倍も嬉しいし楽しいに決まってる。まぁ、もう負けるつもりはねぇけどな」
「……」
「強くなろうぜ、永四郎。もっと強く」
 そう言って笑う顔は、晴れやかでそれでいて強さをも秘めていた。
「……なーにぼんやりしてんだよ。そんなだと、わんの方が先に、えーしろーより強くなるかもな」
 そういい終えた平古場は、突然座っていた飛び込み台の上へと立ち上がった。そうすると、台の高さの所為で木手よりも身長がずっと高くなる。見下ろす平古場の顔は、木手に「それでいいのか」と問いかけていた。

 立ち止まったままでいいのかと、そう問われている気がした。

 木手は胸の内に広がっていた靄が、一気に晴れていくのを感じた。そして、一度瞬きをしてから口元に小さく笑みを浮かべる。
「何を言っているのですか。君が俺に勝つこと何て、一生かかっても無理です」
「一生って……。見てろよ、絶対にやーよりも強くなってみせるからな!」
 木手は、握られたままになっていた手を引き抜くと、眼鏡の淵を指の背で軽く押し上げた。そして、今度は馬鹿にしたような表情を浮かべてから、平古場に背を向けて出口へと歩き出した。
「期待せずに待っていますよ。せいぜい、頑張って下さい」
「ふらー! ぜったいに、勝ってやるからな!!」
 木手の背中に向って思い切り叫んだ後、苛立ちのあまり木手へと背を向ける。扉の開く金属音がして置いて帰られたのかと思い、様子を窺うように少しだけ振り向けば、木手が出口の扉にもたれてこちらを見ていた。
 待っていてくれたことが嬉しい反面、木手の思い通りの行動をとっている自分自身への苛立ちもあり、素直に木手の元へ行くことが出来なかった。
 もう一度、木手へと背を向けて、揺れる水面を見つめる。数分間、そんな時間が続いて、さすがにもういないだろうと思って視線だけで振り返れば、間近に木手が立っていて驚いて危うくバランスを崩す所だった。
「何してるんですか。ほら、さっさと帰りますよ」
 そう言って、今度は平古場が木手に手を繋がれる番だった。平古場自身が繋いでいた時は、特に何も感じていなかったが、木手から手を繋がれて、しかも手を引かれて歩いているこの状態が、酷く恥ずかしいと感じてしまった。その所為で、握られた手と、木手の背中を交互に何度も見返してしまう。
 どういう風の吹き回しなのだろうかと、漠然とした不安と嬉しさが胸を駆け巡る。
 内心この後に説教でも始まるのかとひやひやしていたが、木手は特に何を言うでもなく、無言で平古場の手を引いて歩き続けた。
作品名:繋いだ手、握りかえす手 作家名:s.h