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『唯人』

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今全てが終わり欠け過ぎてしまった自らの心に溢れる程湧き上がっているものはどうしようもない喪失、そして自己嫌悪。
遥か過去己の一族の長とその直系、一族の、一族の……
最も強き血、一族の精鋭達すら従えていたこの身、龍叉殿、龍叉殿……
「何故それ程の者が友を生かしておけなかったのか」

人を超える血の力を持ちながら彼一人生かす事が出来なかった。

もう忍として、いや人としても生きる事の出来なくなった重体の体には力は全く入らない。
靄のかかった視界の中、サスケは思う。
(……結局、血には逆らえなかった。)
血の力血の宿命……己の血。
天聖の龍叉、と声を出さず唇だけ動かしながら自嘲的にその名を呟く。
……そうだった筈だ。その自分でさえも。
いや、かつての己の一族の長であり、今直系であるこの身であるからこそ逆らえなかったのかもしれないとサスケは思考を続ける。
強く永く続いていた己の血をこの身に最も“正統な”形で継いだ……継いでしまったのだから。

影に生きる身
城を手に入れんとする者達を葬り続け、つい先刻に自分が葬った己の身。
その戦いに備え我らがあるのではなく、
ただ戦いの為に自分達は……自らは存在するようだった。
少なくとも、サスケが眼前の動かぬ男を倒す為に抜け忍となった、その過程で会った己の者達は、女達も老人も皆、そうだった。

自らと並ぶ剛の者、それと対峙し頭より先に体が動く。
(我等は持つ武器で戦う事は出来るが、丸腰でも各々の流派で敵を死に至らしめる事が出来る。“気”を蓄積し蒼き力を己の身に纏い、数多の奥義で相手を逃さぬ、我等全て一つ同じ血。)
眼前の相手を倒さんと。
血河を渡り覇王を斬る者は我ぞ、と。

覇王を倒し父の遺言であり即ちそれ、三百年前からの宿命は見事、果たしたつもりだったが、所詮は己の血の中での出来事だろう。
逃れられなかった血の中で生き……
(……)
座っている力もなくなり、城内の柱に寄り掛かり座していた体をサスケは床に倒す。転がる様に倒れたサスケの八尺程先に倒れている覇王。
勿論動いていない。
恐ろしい程に向けていた憎悪は失せた、とは言ってもやはりサスケの代え難いもの全てを失くした原因である。
伏せたまま動かぬ体で睨み付ける。
人々から悪鬼とも諸悪の根源とも言われた覇王の最期は禍々しい形相であろうと思い、見辛い目で凝視したが、その顔は戦闘中にサスケに向けていた鬼神の様な表情ではなかった。
自分に倒された無念等は勿論あるだろう、しかし何故。第一この男は幾度か……と、サスケは戦闘中に覇王……信長が叫んでいた言葉を思っていた。

ゆるさん、ゆるさんぞ…キサマだけはキサマだけは
サスケを含めた十人の戦鬼の結局の目的は覇王を倒す為であった。
各々が当面の目的として掲げていた者の中には、サスケが己の一族として疑問を抱く様な目的の者も居たが、中には……そう例えば高明山の退魔師の様に覇王を倒す事を目的として掲げ、直接思っていた者もいる。
では何故、その十名の中でキサマだけ……サスケだけを許さんと信長は言ったのか。
サスケにはその理由が分かっていた。
笑いながら男の死骸を眺め、言う。
「全くお前は変わらない……三百年前からあの若者を。なあ、天魔」
怒りの形相を留めていない覇王の死に顔と、再び天魔と言う彼の名称が浮かび口に出た、もう自分は凶明十五年の今に生きていたサスケと言う一個の者ですらないと言う現実、そして悪鬼、昔当時に破壊の権化とまで呼ばれていた者のその理由が全くおかしかったから、サスケは笑った。

……あの若者
笑いながら思う。燃える様な夕日が水面に照り付け血河の様になった三途の原で城を見上げお前を護っていた戦乱の煽動者。
……お前があの時に(「あの時?」駄目だ、俺は「見た事などない」のにその時に「見ている。」それどころか……近くに居たのだ。重傷のこの男と息をしていないあの己の近くに。)ああなるまでに拘った若者を俺が殺したのだから、だから「キサマだけは許さない」のだろう、天魔。
「全く、お前は変わらない、三百年前から。」
未だおかしく、サスケは再度呟いた。
お前と同じ血を持つただの己の子ではないか、それは。

目のみ動かし尚も死骸を眺めながら、サスケは彼の言葉を反芻する。
キサマだけは許さんと、そうか信長。
天魔、お前が天聖の俺を許さぬのならば、俺はそれ以上にお前を許さぬ。
「ゆるさんぞ…キサマだけは」
動かぬ者へ投げ掛ける。そう言いたいのは、言いたかったのはこちらの方だ。
倒れ動かぬ男が三百年の遥か昔から今、死ぬ際まで求めていただろう、生涯を懸けた……彼が己であり、また己である自分達にとっても本来であれば到底考えられぬ大それた望みであり願いであったが、その大き過ぎる物の全てと対し比べれば何の事はないだろう己……ただ一人の者をよりにもよって秤にかけたその結果がこれである。城の力を得る事が出来ず彼自身の生命も秤にかけた者も全て死亡してしまった。
サスケは倒れ動かぬ男の愚かな顛末を笑う。
だがそれは例えようもない程虚ろな、やるせない笑いであった。
笑う中、サスケの胸中を覆うものは変わらず、また駆り立てられる様な激情であった。
(……始まりは朧橋)
忍びである。穏やか、とは言えない。人からすれば笑ってしまう程僅かな物どもの積み重ねだったのだろう。だが、……もう少ししたら終わる。その生命の中で幸せであっただろう。そう言える。
(……忍の里。天舞の里での日々。)
まず、それを奪われた。
里を抜けて二昼夜、漆黒の闇の中大の字に倒れる友。その不自然な体勢は首の骨が折れ。地面には大量の吐血。そうなって尚サスケに語り続ける顔は最早……死相。
(……ザジ。)
友と、仲間を手に掛ける原因となった。
そして
(終わりは朧橋)
聖伝白龍と仇名される正常なサスケは、それ以降はいなくなった。
彼を殺してしまう原因となった。

日々の暮らし仲間達、友、自分には全て代え難いものだった。
良く見えぬ目で、サスケはまた覇王を見る。
勿論、先に見た死に顔と表情は変わらない。
(ゆるさん、ゆるさんぞ…キサマだけは……と言っていたのに)
俺だって、俺こそお前を許さない……と再度同じ思考に囚われ、激情に駆られそうになり、しかしそのサスケにふとある思いがよぎった。サスケに見せていた鬼神の様な怒りの表情が失せたその死に顔を見て。
(もしかしたらこの男と自分は……)
同じではないか。
三百年の時を経ても基は一つ血の一族の者同士と言う意味でではない。
ただ、片や十人衆の上で己の一族を束ねる長だ、片や時叛宮の実質的支配者だと言われても、
「俺もお前も……」
サスケの心中に浮かび上がる、意志の強そうな目と少し融通が利かぬ様にまで見える、生真面目な表情の彼。
男の傍らにあった者は勿論……人離れした人と思えぬ姿形の白き己の子であろう。
サスケにしてみればその者はただの己の子。
信長にしてみれば彼は、過去に覇王が命を奪った少なくとも数百人の命の一つと何ら変わらない程度の価値の命であろう者。
どちらも戦いの最中、消えてしまった。
作品名:『唯人』 作家名:シノ