ドキプリSS 「独りぼっちじゃない 真琴と猫の数日間」
「えーっ、じゃあアンちゃん返してあげちゃったの?」
翌日、帰り道。真琴は元気の出ないままマナと六花と一緒に歩いていた。
数日間降っていた雨はあがったが、気候は相変わらず湿っている。淀みきった空気が真琴の沈んだ心を助長させていた。
「そっか、残念だね」
「でも良かったじゃない。飼い主が見つかって」
六花がそう言うと真琴は、更に気分を落とした。
「普通ならそれでよかったかもしれない、けど……」
「その飼い主ってのがどうも悪そうな奴だったビィ」
答えにくい真琴に代わって、ダビィが答えた。
「悪そうな奴って……」
「猫を捨てておいて反省の色も見せないし、真琴にサインをねだるし、見るからに嫌な奴だったビィ!」
思い出しながら、怒るダビィ。
「でもアンを迎えにきてくれたんでしょ? きっとまこぴーの気持ちに心打たれて来たんだよ」
「そうよ。まこぴーに会えてちょっと舞い上がっていただけかも知れないじゃない」
「二人とも甘いビィ。あれはそんな男じゃなかったビィ」
「まこぴーも同じ気持ちなの?」
マナに尋ねられて真琴は静かに「うん」と答えた。
――アン。
引き取られていく瞬間、あのときのアンの目が真琴にはどうしても忘れられなかった。
「真琴」ダビィが話しかける。「もしかして、寂しいビィ?」
そう言われて、真琴ははっとする。
――そうだ。
もしかしたら、自分は寂しかったのかも知れない。
祖国であるトランプ王国を滅ぼされ、ただ一人で人間界にやってきた、あの頃。
孤独の辛さは誰よりも分かっているつもりだった。だからこそ、飼い主に捨てられ橋の下で震えていたアンを自分と重ねていたのかも知れない。
最初は王女様と同じ名前の猫を、今もなお眠り続けている王女様自身と重ねているのだと思った。しかしそれは違った。アンはまさに、一人で戦い続けていた頃の自分自身そのものだった。
でも、今は――。
「寂しくなんかないわ」真琴は二人のほうを見た。「私にはダビィがいてくれたし、今はマナや六花、それにありすや亜久里もいる。ううん、それだけじゃない。大貝第一中学のみんなに、私の歌を聞いてくれるファンのみんな、そして王女様も……」
「まこぴー……」
「でも、あの子は……」真琴は再び俯いた。「あのときのアンは、ずっと孤独だった。拾ってあげてからも、ずっと寂しそうに外を眺めていた。だから、ちょっと不安なのよ。アンはこれで本当に幸せになれたのだろうか、って」
二人は黙って聞いた後、「そっか」と返事をした。
しばらく歩くと、公園からにぎやかな若者の声が聞こえてきた。
「えーっ、それまこぴーが飼っていた猫!?」
聞いた瞬間、三人の脚がぴたりと止まる。
「マジだって! まさかあのまこぴーに拾われるだなんて、ラッキーだったぜ!」
――嘘?
正直不安はあった。しかし、真琴としてはその不安は当たって欲しくなかった。
三人はゆっくりと公園に近づき、その声の主に近付いていった。
「でもさぁ、お前その猫面倒見きれないから捨てたんじゃなかったのかよ?」
「まぁな、元々死んだばあちゃんが飼っていた奴だったし、親父とお袋も面倒見れないからって俺に押し付けてきやがったんだぜ。冗談じゃないぜ、こんなしょぼい猫」
そう言いながらケージのアンを見せびらかす、あの飼い主。
――まさか、最初からこのためだけに迎えにきたの?
そう思うと、真琴は次第に怒りが込み上げてきた。
「いいじゃん、こうしてまこぴーのサイン入りで返ってきたんだし」
「ま、そうだな。どうせならお前ら抱いてみるか? ほら、まこぴーが抱っこしてた……」
「あなたたち!」
我慢できなくなった真琴が、男の前に現れた。
「おい、あれ本物のまこぴーじゃね?」
「嘘!」
次々と真琴に群れようとする若者たちを余所に、真琴は飼い主の前に立った。
「アンを引き取りに来たのは、そういうつもりだったの?」
「あぁ!? 別にいいじゃんかよ」
「ふざけないで!」
真琴は思いっきり男に向かって叫んだ。
「あなた、生き物をなんだと思っているの!?」
「酷いよ。まこぴーの気持ち、届いていなかったっていうの?」
真琴に続いてマナと六花が男に叱り付ける。
「うるせぇな」男はまったく悪びれる様子もなく、「大体さぁ、迎えに来いって言ったのはまこぴーのほうじゃん」
「私はそういうつもりじゃ……」
「あー、やだやだ」男は白けた様子で、踵を返した。「そういうつもりとかこういうつもりとか、そんなこと言う子だっけ? まこぴーって意外とジコチューだったんだな」
――ドクン。
真琴の心に何かが突き刺さったかのような感覚に襲われる。
その刺激が強すぎたのか、真琴はただ黙ったままそこに蹲った。
「まこぴー!」
マナが呼びかけると、真琴は「ごめんなさい」とただ呟くだけだった。
「あーあ、つまんねぇの。行こうぜ」
男はその場をだるそうに立ち去っていった。
「あなたたち、待ちなさい!」
六花が必死に叫んでも耳を貸そうとせず、既に男たちは公園の外に行ってしまった。
追いかけたいところだったが、真琴をそのままにしておくわけにも行かず、マナと六花はくっと下唇を噛むしかなかった。
「しっかりして、まこぴー!」
「勝手なのは、私のほうだったのかな?」
「そんなことないビィ!」ダビィが叫んだ。「どう考えてもあの男のほうが悪いビィ!」
「ダビィの言うとおりシャルよ! あんな男の言うことなんか気にする必要はないシャル!」
「そうケル! ジコチューって言うほうがジコチューだケル!」
妖精たちも真琴を励まそうと必死に叫んだ。
しばらくすると、真琴も「そうね」と言ってゆっくり立ち上がった。
「ありがとう。なんだか救われたわ」
「よし! それならあの男をすぐに追いかけよう! あの男にはもっとビシッと言ってあげなきゃ気が済まないもの!」
「うん!」
皆が立ち上がり、一斉に頷いた。
そのときだった――。
「うわあああああああ!」
公園の外から、突然悲鳴が聞こえた。
「闇の鼓動を感じるシャル!」
「なんですって!?」
「さっきの声……、あの飼い主じゃない!?」
「急ごう、みんな!」
マナたちは急いで公園の外へと走っていった。
作品名:ドキプリSS 「独りぼっちじゃない 真琴と猫の数日間」 作家名:パーム