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サメと人魚

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「そこから逃げろ! 自分の命を最優先しろ……!」
家が燃えてしまったら大変なことだし、さらに近隣の家に延焼してしまったら大迷惑だ。
だが、遙が亡くなることとは比べられない。
遙の命が失われることを想像して、背筋に冷たいものが走った。
やがて寮から外へと出た。
ふいに。
『安心しろ、凛』
携帯電話から遙の声が聞こえた。
『燃えてはいない』
凛は足を止めた。
『ただし、煮物は焦げついてしまって食べられない状態だ』
「……そうか」
上半身を折り、携帯電話を持っていないほうの手を膝へとやった。
肩を大きく揺らして荒い息をする。
ここまで全力疾走してきたからだ。
『なんだか息が乱れているようだな』
荒い呼吸が携帯電話越しに聞こえてしまったらしい。
落ち着いた声で遙が問いかけてくる。
『もしかして、うちまで駆けつけてくるつもりだったのか?』
凛はムッとする。
それに、恥ずかしい気もした。
悪い想像をして大慌てした自分がバカのようにも感じた。
一瞬沈黙したあと、凛は携帯電話に向かってぶっきらぼうに言う。
「ああ、そうだ。悪いか?」
『悪いとは言ってない』
返ってきたのは、いつもの冷静な声だった。
あー、クソッ。
凛は胸の中で吐き捨てた。
こちらがすっかり余裕を無くしたのに、向こうは余裕な様子なのが、腹立たしい。
遙に対してではなく自分に対してイラだった。
どうしてこんなふうにジタバタしてしまうのか。
格好悪い。
もっとうまく対処できるようになりたい。
『これから、かつて煮物だった物を片づける』
「ああ」
要するに電話を切りたいということだろうと理解し、それに凛は同意した。
すぐに遙は電話を切るだろうと思った。
けれども、ふたたび携帯電話から遙の声が聞こえてきた。
『……さっき、おまえ、謝ったな』
凛は思い出す。
「ああ」
愚痴ったのを謝ったときのことだろう。
『でも、謝られる覚えはない』
遙はそう断言し、さらに続ける。
『中一の冬におまえと偶然会ったとき、おまえが思い悩んでいるふうだったから、なにがあったのか聞いたが、おまえは話してくれなかった』
中学一年生の冬、オーストラリアから帰省していた凛は会うつもりのなかった遙と踏切で偶然再会した。
あのとき、すでに大きな壁にぶつかっていて、遙が今言ったとおり悩んでいた。
その悩みをだれにも話せなくて、話したくなくて、自分ひとりで抱えているときに、遙に会った。
そして、一緒に泳ぎたくなって、オーストラリア留学まえに所属していたスイミングクラブに行った。
そこで遙の泳ぎを見た。
水に愛されているような泳ぎ。
生まれつき、理想的なフォームを持っているように見えた。
そんなことは留学まえから知っていた。
でも、大きな壁にぶつかっていた凛は、遙の泳ぎをふたたび見て、強い衝撃を受けた。
自分はああいうふうにはなれないのではないか。
どれだけ努力しても自分には得られない天賦の才を見せつけられた気がした。
眼のまえにある事実に打ちのめされた。
気がつけば、泣いていた。
情けない話だ。
心配した遙がなにがあったのか聞いてきたが、水泳をやめるとだけ言って自分は去ったのだった。
あのあと、遙は自分とのやりとりをだれにも話さないまま中学校の水泳部を退部したらしい。
それを自分が知ったのは地方大会まえのことだ。
思い出せば、中学一年生の冬に再会した直後、踏切の向こうから駆け寄ってきた遙は中学校の水泳部に入ったと話していた。
その中学校のプールが大きいのだと言って、めずらしく、嬉しそうに、その顔に笑みを浮かべた。
それなのに、辞めてしまったのだ。
『おまえが悩んでいても、たいしたことは言えない。でも、聞くだけならできるから、話してほしい』
遙はそう告げたあと、返事を待たずに電話を切った。
それでも凛は携帯電話を耳の近くにやったままでいた。
地面へと尻がつかない程度まで腰をおろす。
耳にはまだ遙の声があった。
遙はいつも無表情で、あまり喋らず、マイペースで、他人とは少し距離を置いている。
でも。
優しい。
それを凛はよく知っている。
耳が熱くて、胸も熱い。
この熱をどうすればいいのか、持てあます。



息ができない。
溺れてしまいそうだ。














作品名:サメと人魚 作家名:hujio