君と過ごす何気ない日常
部屋と牛乳と君
喧嘩した。
いや、喧嘩なんてしょっちゅうしてるんだけど、また、喧嘩した。
居間の隅っこでごろりと横になり不貞腐れてる背中を睨みつけ、ダンッ、と包丁をまな板に叩きつける。
鬱憤晴らしの一つ。でもまな板と包丁を傷つけるだけで何にも変わらない。
分かってるけど、八つ当たりしないと落ち着かなかった。
6畳の寝室が一つと同じく6畳の居間が一つ。5.5畳の台所が一つある2Kのこの家は二人で暮らすには広いけど、喧嘩した時だけとても狭くなる。だって、逃げ場がない。
外に逃げればいいじゃないかと言う奴がいるけれど、それが出来るなら等にやっている。だって、結局ご飯を作るのは僕だし、家の掃除も洗濯もすべて僕が担当してるわけだからどうしたって逃げられる筈が無い。そう、逃げるとするならあちらだと思われる。なのに、家から飛び出す事もせずただ、部屋の隅で丸まって不貞腐れているだけ。煩わしい以外の何物でもない。寧ろ邪魔。目障り。
そんな態度をとるなら外に遊びに行けばいいのに。
ダン、ダン! とまな板を割る勢いで肉をぶつ切りにしてゆく。今日は親子丼にしようと思っていた。材料は全部あるから買い物には行ってない。必要性が無いのに下手に外出して余計な出費を重ねたくなかった。
いろいろ考えているんだ。
収支と支出。ちゃんと計算しなきゃ、生きていけないじゃないか。
なのに、あのヤロウは。
言うに事欠いて、「ねぇどうして牛乳が無いの!?」と顔を顰め僕を詰ったのだ。
牛乳がなんだってんだ。毎日飲んでるわけでもないくせに!
ああ腹が立つ!
ダンッ!
最後の一つを叩き切る。
終えてしまえばあとは虚しさだけが残った。
ああ、なにやってるんだろう。
はぁ、と溜息ついて、鍋の中肉を落とす。すでに炒められていた玉ねぎの上、ごろんと落ちるピンク色の鶏モモ肉を綺麗に並べ、均一に火が通るよう敷き詰める。
後は火を掛けるだけ。
コンロのつまみを回し、弱火にすると蓋を落としてタイマーを掛ける。
手を洗い手拭いで水気を切れば、あとは。
居間へと足を踏み入れれば相変わらず、不貞腐れて寝ている奴の背中があって、またも溜息。
こちらの溜息に反応したのだろうピクリと揺れる肩がどうにも、情けなく見えた。
逡巡する事数秒。仕方ないと傍へ歩み寄り膝を抱えるようにして腰を落とすとあいつの肩口に額を当てた。
「…未だ怒ってんの?」
「…」
「ねぇ、まだ、怒ってんの?」
「…怒ってない」
「そう?」
「うん」
「良かった」
「…ごめんね?」
「ううん。僕もごめん」
「…君は、悪くない」
ぐるりと身を回したあいつがそのまま僕を包んだ。器用な奴だなぁ、なんて暢気にもぼんやりと考えているとスンッ、という音が届いて驚く。
まさか、泣いていたの?
呆れ、肩から力を抜くと抱きしめる腕に全てを委ねた。
全く、情けないやつだよ。ほんと。
でも、今度から牛乳は切らさないようにしようと、決めた。
2013/10
作品名:君と過ごす何気ない日常 作家名:とまる