君と過ごす何気ない日常
踊る
ぱちん
ぱちん
小さな音がする。
アイロンをかけていた手を止めて、背後を振り返った。
開かれた窓。そこから先は茶色い縁側が覗く。その縁側に座り、背を丸めているあいつ。
彼のお気に入りの場所の一つである、縁側。気が付くといつもあそこに居る気がする。よっぽど気持ちいいのだろう。以前、縁側で胡坐を組みゆらゆらと揺れている彼を見てこう尋ねた。
「今、どんな気持ち?」
すると彼はこう答えた。
「うん、なんかすごく落ち着く。んでもって、ふわふわしてうずうずして、踊りたくなる」全く持って一致していない回答。返された僕も唖然として彼を見下ろす。嘘ではないのだろう言った言葉のまま身を揺らしニコニコと笑っている。
成程、落ち着くし心躍る程楽しいのだと、そういう訳か。いやさっぱりわからない。分からないけれど、遠い日に置いてきた思い出の一つ、似たようなものが無かっただろうか。そんな事を思い、寂しさに眉を寄せた。
同時に、彼を愛おしく思った。
どれだけ年を重ねようとも童心を忘れない彼。
そんな彼にいつだって、救われる。
この家に住み始めた頃の記憶を甦らせ、くすくすと笑った。今でこそ、そんな事もあったなぁ、といった思い。
そんな、大好きな場所で今彼は爪を切っているようだ。
ぱちん
ぱちん
落とされる爪。掃除する手間が省けていいね。そう言って笑った彼の笑みを思い浮かべまた、笑う。
見た目もその内側も十二分にボロいこの平屋。当初は悩んだ。安いし商店街から近いし場所的にはとてもいいのだけれど何分、ボロい。住んでる内に倒壊してしまうんじゃないだろうか、なんて不安も過った。でも、彼は真っ先にこの家を望んだ。此処が良いのだと言い張った。
渋る僕の肩を掴み、商店街や他の公共機関が最寄にある重要性を必死に説く彼。そこまで言うのなら、と怪訝に思いもしたが仕方なしに頷いてみたら、なんてことはない彼はただこの縁側が気に入っただけだったのだ。
家に入るなり縁側へと飛出し寝転がる。
後から家に入り荷物を居間へと置いた僕は唖然とした。当然だろう。それだけの為に当分の住処を決めてしまったのだ。でも、不思議と怒りは湧いてこなかった。なるほど彼は気持ちよさそうにデロンと縁側にねそべり心地よさげなうめき声をあげているのだ。邪魔するのはある意味野暮と言う奴になるのだろう。
ぱちん
ぱちん
アイロンを持ち、シャツの上乗せて滑らせる。
ぱちん
ぱちん
するすると泳ぐように伸びる、熱。
進む後には皺ひとつない綺麗な生地。
ぱちん
ぱちん
まるで、リズムを刻むかのよう。
袖を押し広げ襟を伸ばし折り目を付けて。
ぱちん、という音に合わせて衣類を仕上げてゆく。
ああ、面白い。
これではまるで。
それこそ、
踊りを踊っているようじゃないか。
縁側で気持ちを躍らせる彼と
アイロンで心躍らせる僕
ああ、面白い。
2013/10
作品名:君と過ごす何気ない日常 作家名:とまる