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君と過ごす何気ない日常

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そいつの名は





 それは、午後から雨が降ると言われていた薄暗い日の事だった。
 洗い物をしていると背後より、短い悲鳴にも似た声が上がった。何だろうと思い手にしていた皿をそのままに振り返る。すると、居間で彼が一人、踊りを踊っていた。
 なにしてんの、あいつ。
 ついついそんな事を思ってしまってものの、よくよく見てみるとどうやら踊りを踊っているわけではないらしい。少しばかり残念に思いつつ更によく見てみると成程、彼は何かから逃げるように身をくねらせていたようだ。
 なら、その何か、ってなんだ。
 思った瞬間彼の大声が僕の耳に届いた。

「逃げて!!」

 逼迫した声にぎょっと目を見張る。
 逃げて、って言われても何から。抱いた疑問はあっさり解けた。目の前に問題の存在が見えたから。

「ぎゃ! 蜂!!」
「逃げて逃げて!」
「やっ、どっ、何処にどうやって!」
「わ、わ、わっ! こっ、こっちこっち!」

 二人、頭を抱え体を支えあっちでもないこっちでもないと狭い家の中を行ったり来たり。驚いた瞬間に落とした皿は運よく流し台の桶の中に落ちたから割れずに済んだ。でも僕らに襲いくる危機は変わらず室内をぶんぶん飛び回っている。

「くっ、手ごわい奴めっ」
「…いや、いい加減網戸、閉めれば良かったんだと思うけど」
「えっ!? やだよっ、開けっ放しにしておくから風情があるんじゃんっ!」
「意味わかんない。結局その所為でこんな目に合ってるってのに」
「う、ぐっ」

 なるべく大きな声を上げ無いよう顰めた声で言い合う僕ら。蜂を刺激しないよう身を伏せ頭も低くしているから言い合いをしたところで何とも情けないだけなのだがこれは言わずにはいられない。

「大体夏だって、蚊が入って来るから閉めろって言ってんのに」
「蚊帳だしたからいいじゃんか」
「そういう問題じゃないだろ」
「ならどういう問題なのさ」
「なら、で切り返される意味が分からない」
「は?」
「時々ね、無性にね、君の頭をぶん殴りたくなるよ」

 あはは、と笑って告げれば顔を青ざめさせた彼が緩く首をプルプルと振るから、責めるのはそこまでにしておいて取りあえず、今はなるべく動かないよう気を付け蜂が外へと出て行くまでじっと待つしかない。
 結局、蜂が出て行ったのはそれから1時間後の事だった。その間に何故か更に別の蜂が入ってきたりカラスがやってきたりと散々だったことを此処に記しておこう。

「君とは当分布団、並べないから。居間で寝てね?」
「…はい」

 当然です。


2013/10

作品名:君と過ごす何気ない日常 作家名:とまる