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僕は摂氏36度で君に溶ける

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慢心が、綻びを生んだ。

目が覚めてそこがエルヴィンの寝室のベッドだと分かったとき、リヴァイの胸に真っ先に浮かんだのは、そんな言葉だった。

体を起こす気にもなれないほどの痛みが、包帯に巻かれた腹の辺りを中心にして全身を苛んでいる。左に寝返りをうとうとして、引きつるような痛みに思わず声をあげた。
「いっ、」
奥歯を噛み締めて悲鳴を殺す。おとなしく態勢を戻して、頭を枕に下ろし、冷静に周りを見回す。数ヶ月ぶりの、エルヴィンの部屋だった。

リヴァイは自分の部屋はこまめに掃除していたが、エルヴィンはあれ以来、寝室にリヴァイを入れることを良しとしなかったため、ここは少し汚れている。しかし今はそれが気にならないくらい、リヴァイは自責の念でいっぱいだった。何よりも、リヴァイの胸に溢れているのは、恐怖という感情だった。

エルヴィンに、捨てられるかもしれない。

エルヴィンが望むのは最強の巨人殺戮機なのに、自分は油断をして、このざまだ。存在意義がなくなるという不安や、地下街での生活に戻るのだろうかといった憂鬱よりも、何よりもまず、エルヴィンに捨てられるのが怖いと、思った。

なぜ手当てのされている自分が兵団の医務室などでなく家に連れ帰られたのかは分からないが、エルヴィンに捨てられるくらいなら、自らこの場を立ち去って地下に潜ってしまいたい。そんな強い意思がリヴァイを突き動かす。

もう一度腕をついてなんとか上体を起こそうとしたところで、急にドアが開いた。予想しなかったできごとに、思わずそちらを見やると、中に入ろうとしているエルヴィンと目が合う。エルヴィンな一瞬大きく目を開くと、無表情に戻って、言い放つ。

「目が覚めたか。まだ寝ていろ」

その口から発せられた氷のように冷たい言葉と雰囲気が、リヴァイの全身から力を奪った。

ボスン。
間抜けな音で、リヴァイは自分がまたベッドに倒れこんだことを知る。その様子をエルヴィンは目を細めて見つめていた。

怒りから、エルヴィンはそんなにも冷たい目をしているのだろうか。平時、空のように広くて澄んだ目は、今は地下街で容赦なく人の命を奪う冬の、雪のようだ。

捨てられる。

エルヴィンに捨てられてしまった自分は、あの日地下街に転がっていた死体と何の変わりがあるだろうか。魂も心臓もエルヴィンに捧げてしまった。今の自分に遺されたのはこの役立たずの体だけだ。

涙など流れるはずもなかった。リヴァイは哀しみを涙として表現することを知らない。ただただ、怖くて、胸が痛くて、哀しいだけだった。

「お前に二週間の休養を言い渡す。その間はこの部屋で生活しろ」

反論を許さないエルヴィンの言葉に小さく頷いた。
二週間。
回復したら追い出される。エルヴィンは非情なだけの人間ではない。満身創痍の自分をすぐに捨てることはしなかった。二週間より前に動けるようになり、そしてここを出て行かなくては。リヴァイはそう決意すると、今度はエルヴィンに何と言って詫びればいいのかと、頭を抱えた。

「すまない」

しかしその言葉を発したのは、エルヴィンだった。

今しがた発言しようとした言葉をとられて、そしてエルヴィンの口からそれが発せられて、リヴァイは驚きでエルヴィンを凝視した。エルヴィンはというと、それだけ言って部屋を出て行こうとしている。謝るべきは自分だ、エルヴィンに何の非があるのか分からない。

頭で思い浮かんだ言葉は、しかし音にはならなかった。その前に遮るようにパタンと、ドアが閉められたからだ。エルヴィンは出て行ってしまった。リヴァイは目をぎゅうと閉じる。

自分を捨てる未来に対しての謝罪だろうか。それとも別の何かか。何にしてもいいものではないはずだ。

考えることを放棄して、リヴァイは体力を取り戻すために、深い眠りに落ちた。
作品名:僕は摂氏36度で君に溶ける 作家名:かん