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僕は摂氏36度で君に溶ける

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食事は、朝夕はエルヴィン、昼はエルヴィンの部下が寝室まで運んで来た。夜はエルヴィンが遅いときには、部下が運ぶ。

包帯をかえたり、身体を拭くのは専らエルヴィンの仕事だった。世話を焼かれることに気恥ずかしさを覚えたリヴァイだったが、冥土の土産としていい思い出だと、今では割り切ってしまっている。


ちょうど、大怪我から9日経った日の夜。もうだいぶ動けるようになってはいたが、エルヴィンから許可が出ていないので部屋は出られないでいた。だがそろそろ、リヴァイはここを出て行こうとしていた。

今日は団長は遅くなりますので、と言って一礼し、ジャックと名乗った男が夕食を持ってきた。今までは数人がローテーションのようにこの役をやっていたが、その新しい顔は、何やら話したそうにリヴァイを窺っていた。

「なんだ?」

こちらから声をかけると、その兵士は恐る恐るといった風に話す。
「あの、この前の壁外調査で助けていただいたので、お礼をと、思いまして」
ありがとうございました、と勢いよく頭を下げる兵士。

よく考えてみれば、確かにそんなこともあった。

この怪我をする前、往路で巨人との戦闘になったのだ。女性兵士が食べられそうになったところを助けに行ったこいつが、共にやられそうになったところに、リヴァイが駆け付けた。しかし結局女のほうは出血が止まらず、逝ってしまった。

「あの女、助けられなくて、すまなかった」
きっとこいつにとって特別な人だったのだろう、とリヴァイは思う。

「いえ、いいんです。お互い覚悟してましたから」

巨人と戦うとは、そういうことだ。大きなものを守るために、大切なものを失う覚悟を持つ。そのことが、この兵士にはよく分かっていた。

「そうか」
自分を責めるつもりがないと分かって、リヴァイは安堵と共に落胆もした。エルヴィンは相変わらず無表情で自分の身の回りの世話をこなしているが、罵倒や叱咤を与えることは一切ない。リヴァイはいっそ誰かに責められ、詰ってほしかった。そうしたらここを出ていくことだってもっと早くにできたかもしれない。この十日余りは、ぬるま湯に浸かっている気分だった。

「俺たちは悔いが残らないように、言葉を絶やしませんでした。好意を伝えてあっていました。だから、いいんです。彼女の言葉は、俺の中で生きています」

悔いが残らないよう、好意を伝える。

リヴァイははっとした。このままここを去って地下街に戻ったとしても、リヴァイを待ち受けているのは、その「後悔」であろう。巨人殺戮機としてエルヴィンの役に立てなかったこともそうだが、想いを伝えられなかった、という後悔。

謝罪も、感謝も、思慕も、なにひとつ伝えられていない。

「すみません、自分でも何が言いたかったのかよくわからないんですけど、とにかく兵長には感謝してます」
ペコリ、とそいつはもう一度頭を下げ、そそくさと退室していった。


リヴァイはその夜、二つの決意を固めた。

ひとつは、ここを明日出ていくこと。
もうひとつは、その前にこの気持ちをエルヴィンにきちんと伝えること。

今夜はもう遅い。明日、伝える。エルヴィンに、どんな言葉を連ねればいいだろうか。少ない語彙から言葉を捻り出して、リヴァイは告白の台詞を脳内で紡ぐ。
作品名:僕は摂氏36度で君に溶ける 作家名:かん