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僕は摂氏36度で君に溶ける

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「誰のところに行くつもりだ?そいつの名前は?」

「てめえが何を言ってるのか、俺には分からない」
リヴァイはエルヴィンの誤解を解こうとするが、いったい何を誤解しているのか理解しかねる。
とりあえず一つずつ訂正することにした。

「別に誰かのところに行くつもりなんてねえよ。ただ出て行くってだけだ」

「そんなわけないだろう。君が何よりも誰かに必要とされたがっているのは分かっている」

エルヴィンの言葉は正しい。ただし、誰か、ではない。必要とされたいのは今となってはエルヴィンだけだ。しかしそれを告げるとエルヴィンに告白することになる。こんな喧嘩みたいな流れでいいのか。

でも、エルヴィンの誤解を解くには正直にすべて話すしかない。喧嘩別れなんてしたくなかった。そして後悔せずにここを去りたい。

リヴァイは覚悟を決めた。

「俺が必要とされたいのは、あんただけだ。確かに最初は誰でもよかった。今は……今は、てめえじゃなきゃだめなんだよ!でも、てめえが役立たずの俺を捨てようとするからっ!……誰か別のやつなんかいるかよ!好きなんだよ、エルヴィンが!」

今度は、顔を見て言えた。リヴァイは達成感を得る。やっと、言えた。

一方、エルヴィンは面食らったように硬直している。気持ち悪がられただろうか。それでもいい。もう会うことはないだろうから。

「リヴァイ、君は」
絞り出すように話すエルヴィン。
「君は、私を好きだと、そう言ったのか?」

「そうだ。だがもう会うこともねえ。忘れてもらって構わねえ」
じゃあな、と言って妙にスッキリした気分でリヴァイは立ち上がる。

そのままエルヴィンの横を通り過ぎようとすると、進行方向とは逆の力を受けてまたベッドに逆戻りした。

「いっ」

勢いよく頭から倒れこんで傷口が痛んだ。どうやらエルヴィンに腕を引っ張られたらしい。

「なにすんだよ」
体をベッド上で反転させると、目の前にエルヴィンの顔があったが、怯まずに凄む。

「リヴァイ、なぜここを出て行くんだ?」
今までとは打って変わって優しい声音に戸惑う。

「なんで、って、あんたが俺を捨てようとするから、」

「そんなことは一言も言っていない」

え、と思わず間抜けな声がリヴァイの口から漏れた。

「勝手に勘違いをして、出て行こうとしているんだよ、お前は」

いや、確かに。確かにエルヴィンは一度もそんなことは言わなかった。けれどももう、役立たずだったリヴァイはエルヴィンには必要ないし、何よりあの冷たい態度。

捨てられると思ったって仕方ないだろう。

リヴァイは呆然とした。勘違い、だったのか。よかった、と思うがもう告白してしまった。気持ち悪いと直接言われる前に出ていってしまいたい。

「リヴァイ、どこへ行くんだ」
起こそうとした上半身を再びベッドへ押し戻される。

「どこかは決めてねえが出ていく。世話になった」

「なぜ?」

「なんでって、てめえ気持ち悪くねえのかよ」

「まさか」

「そうかよ!もういいから放っとけ」

あんまりな展開に、リヴァイは投げやりな気持ちになった。

「リヴァイ、聞いてくれ」
エルヴィンの懇願の声に思わず動きが止まる。

「私も、君を愛している」

「そ、んな同情はいらねえ。――チッ、わかったよ、これからも調査兵団で兵士として戦う。それでいいだろ」
エルヴィンが無理して繋ぎ止めておく必要はない、というリヴァイの意思表示だ。

「同情じゃあない。本当だ」

「じゃあ、てめえは俺にキスできんのかよ」

「なんで君はすぐにそういうことを言うかな!」
エルヴィンがまた声を荒げた。

「はあ?言ったことねえよ!」

「言っただろ!出会ったあの日だって、ベッドに誘った。幾人とも寝た、とも言った。挙句の果てに翌日は露骨に誘いを」

「待て。そんなこと言ってねえ。――俺はただ、餓鬼どもと寝てただけだ。そういう意味じゃねえよ!」

「餓鬼?」

「地下街で、俺よりちいせえ餓鬼どもが、いつも俺の寝床に潜り込んできただけだ。そういう、い、いやらしいことは何もねえ!」
どもるリヴァイ。
「誘ったつもりもねえよ」

「あれは無自覚だったのか」

あれ、とはなんだ。頭を抱えているエルヴィンこそ盛大に勘違いをしている。リヴァイはそんなに淫乱でも尻軽でもない。

「瞳が綺麗だのなんだの」

「思ったことを言って何が悪い!」
あまりの言いがかりに、もともと短気のリヴァイは血管が切れそうだった。
「だいたいてめえが冷たく、」

エルヴィンがリヴァイの頬に手を添える。それだけでリヴァイは、魔法にかかったかのようにしゃべれなく、動けなく、なってしまった。

「リヴァイ」

エルヴィンの顔が、あの綺麗な青の瞳が、近づいてくる。目を開けていることができず、リヴァイは思わず瞼を閉じた。

唇に触れるエルヴィンの感触が、リヴァイの脳みそを溶かす。

怪我などしていないはずの心臓が、痛いほどに早鐘を打つ。

体が熱い。

頭が爆発しそうだ。

息苦しくて反射的に開いた口からぬるりとエルヴィンの舌が入りこんでくる。

「んっ、……ふぅっ」

あまりのことにリヴァイは酸素を手放した。エルヴィンが呼吸を奪う。自分のものに比べて厚く、大きな舌が何か別の生き物のように、小さなリヴァイの口内を這い回る。丁寧に歯茎を舐められて、背中から尻にかけてゾワリとした感覚が走った。下になっているリヴァイの喉奥に二人分の唾液が流れ込んできて、苦しさに顔を歪めた。

それを見たエルヴィンがようやくリヴァイを解放した。

「初めてか?」

溜まった唾液を飲みこんだリヴァイは口を大きく開けて酸素を取りこんだ。胸が激しく上下する。問われた通り、こんなの、初めてだ。首を縦に振ると、エルヴィンは口の端を歪めていやらしく笑った。

「そうか」

リヴァイは頭が真っ白になっている。

「できただろう、キス」

キス?これが?リヴァイの知る優しい慈しみのキスとは違う。それよりももっと荒々しくて、情熱的で、ケダモノのようだった。そして何より、エルヴィンの感情が直接流れ込んできた。

「本当に、俺を、好き、なんだな?」

「もちろんだ。リヴァイ、愛しているよ」

「――俺もだ。俺も、エルヴィン、お前を愛している」
作品名:僕は摂氏36度で君に溶ける 作家名:かん