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僕は摂氏36度で君に溶ける

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エルヴィン・スミスは貴族の出であった。

特権階級ゆえに壁外の情報の制限を受けずに教育を受けた結果、エルヴィンは外に広がる世界への興味を強く抱いた。そんなエルヴィンは一族の反対を押し切って訓練兵になる。元の強い意志と高い教養のおかげで同期の中でもずば抜けた成績で卒業。スミス家は、死亡率の高い調査兵団を志望する息子の代わりの跡継ぎとして養子をとる。

ただ、スミス家はエルヴィンとの縁を切ったわけではなかった。あくまで、エルヴィンはスミス家のエルヴィン・スミスとして調査兵団に入ったのだ。そんなエルヴィンを待ち受けていたのは、いわゆる政略結婚というやつだった。兵士として訓練に励む傍ら、見合い話を受けた。相手はスミス家同様貴族家で、お互いの利益が一致したようだ。初陣から無事帰ってこられたら婚約、兵団内での地位が確立されたら結婚する、そんな条件での話だ。もちろんエルヴィンは傷を負いつつも生還し、そして、着実に力をつけていった。

結婚の話が本格的になったのは三年前。盛大な披露パーティーが開かれ、ついにエルヴィンはその女性と結婚した。翌年には子供を授かり、そしてエルヴィンはまた地位を上げた。

政略結婚であったが、エルヴィンは妻を愛している。若干自分の面影を感じさせる子供ももちろん。昇進するたびに仕事は忙しくなり、なかなか家族との時間をとれないでいた、つい二週間前のことだ。

近日壁外調査が行われることになり、その前の休養として休みがとれたエルヴィンは妻と子と共にクリスマスの飾りつけをしていた。クリスマスにはまた休みがとれるはずだから、聖夜は家族で過ごそう。そんな約束をしながら庭にサンタクロースの飾りを置いた。何がほしいか子供に聞いておいてくれ、と妻に頼み、翌日エルヴィンは壁の外へ向かう。

数日かけて兵団はウォールローゼまで移動し、そして出陣した。


「ここからは本人には詳しく聞けなかったし、上層部でも機密扱いされているから簡単に話すよ」
ハンジは真面目な顔で言う。

「兵団内には、エルヴィンをよく思わない連中がいた。昔は年功序列の組織だったからね。エルヴィンは若かったけれど地位が高かった。上の奴等はいつ自分の椅子をとられるかと戦々恐々としてた。そんなエルヴィンを脅すつもりだったのか、エルヴィンの奥さんと子供を、壁外に連れ出したのさ」

急な話の展開にリヴァイは驚く。そもそも巨人と戦う術を持たぬ一般人が壁外に出ることなど自殺行為だ。

「おそらく、エルヴィンの戦う姿を見られる、とでも唆したんだろうね。もちろんそれなりの階級の貴族だから、護衛には先鋭隊をつけていたそうだ。上の連中は、ただエルヴィンを牽制したかっただけだったんだと思う」

話の先が見えてきて、リヴァイは戦慄する。

「そこに、奇行種が現れた。名ばかりの先鋭隊はパニックになって護衛の役割を放棄。駆けつけたエルヴィンの前で、子供を腕に抱いたままの奥さんが、」

食べられた。

「持ち帰ることができたのは奥さんの左腕だけだ。それからエルヴィンは変わってしまった。表情は虚ろで食事もとらない。正直見ていられなかったよ」

それがおよそリヴァイとエルヴィンの出会う一週間と少し前のことだという。

「だからね、そんなエルヴィンがリヴァイを連れてきた日、いろいろ噂が流れたんだ」

首をかしげるリヴァイにハンジは苦笑した。

「まあ、それはいいとして。その噂は間違っていたってことだ。君の力は本物だ。その力さえあれば、巨人を倒すことも容易いだろう。エルヴィンの望みはそれだ。奥さんと子供の敵をとること。復讐だ」

復讐。その言葉がリヴァイの肩に重くのしかかる。

「今のエルヴィンは危ない。精神のバランスがうまくとれていない。いつか自滅してしまうんじゃないかと、私は怖い」

ハンジは恐怖を口にしているが、その表情はエルヴィンを憂えるものだった。

「ただね、君といるエルヴィンは、なんというか、うまく呼吸が出来ている」

曖昧な比喩はリヴァイには理解できない。
「よく、言っている意味がわからない」

「まあ当事者にはね!はたからみてるととても楽しそうなんだ。君は裏表がない。素直に言われたことを受け入れる。そんな君といると、エルヴィンは楽なんだと思うよ」

自分が素直だとはとうてい思えない。リヴァイは否定しようとしたがハンジの真摯な瞳に言葉を奪われる。

「だからね、エルヴィンを頼むよ。エルヴィンを奥さんと子供から解放してあげたいんだ」

「ーーハンジ。それは、やつの望むことなのか?」

人は、二度死ぬ。
一度目は魂が肉体から離れたとき。そして二度目は遺された者がその存在を忘れたときだ。エルヴィンに妻子を殺す真似をさせたいのか。抗議を込めてリヴァイはハンジを睨んだ。

「エルヴィンはね、こんなところで立ち止まっていてはいけないんだよ。エルヴィンのカリスマ性は人類に必要なものなんだ。彼にとって残酷なことでも、人類のために遂げてもらわなくてはいけないことがある。実現できなければ、それこそ今まで巨人に殺された人間の魂が救われない」

ハンジはとても冷たいことを言っているようで、しかしそれは正論だった。

自分はただ、エルヴィンのために巨人を殺していればよかったはずなのに。だいたい、エルヴィンが自分を必要としている理由が、復讐、ひいては妻子のためだなんて。

リヴァイは、二日間だけ使ったあの広いベッドを思い出す。隣で寝ていてエルヴィンの寝相が悪いなんてことがないのは分かっていた。大きな横幅は彼の、妻の分だったのだ。

今日までにリヴァイはエルヴィンにたくさんのことを教わった。文字の読み書きやテーブルマナーから巨人に対抗する術にいたるまで。そのエルヴィンに一番初めに教えられたのはクリスマスという行事についてだった。リヴァイはあの日に生まれ変わった。そんなクリスマスを祝い、飾られたあの庭だって、子供のためのものであった。

家の中がひっくり返されたように汚くかつ物が少なく感じたのは、妻子の存在を感じさせなかったのは、彼女らの遺品を片付けてしまだたからだろう。

巨人のことを語る時のあのギラギラした殺気は。亡き妻と子への愛情の裏返し。

思い出してみればエルヴィンの根底にはいつでも二人の姿を捉えることができた。エルヴィンを妻と子供から解放する、そんなことが本当に可能なのか。そして二人から解放され、復讐をやめてしまったエルヴィンにとって、リヴァイの必要性はあるのか。


勝てない、リヴァイはそう確信した。リヴァイは、回避することなど不可能な落とし穴に気づかぬうちに落ちていた。穴は深く、中は暗い。抜け出すことはできなかった。その落とし穴はまたの名を、恋と、いった。勝てない、叶わない、恋。

リヴァイが自分を自分として見てもらうには、妻子を忘れてもらうしかない。しかしそうなったとき、自分が彼の隣に立っているビジョンが思い浮かばない。妻子への愛、その確固たる基盤の上で砂上の楼閣のように危うげなリヴァイの必要性。妻子への愛が消えたとき、リヴァイはそこには残らない。

勝てねえな。
リヴァイはおもわず深いため息をこぼした。
作品名:僕は摂氏36度で君に溶ける 作家名:かん