とある夢幻の複写能力SS
「頼んだよ、天岡君」
「こっちは任せてください」
遥はたった今着いた救急車に乗せられ、付き添いとして奈美が乗り込み車が発進していった
「じゃあ行くぞ、御坂」
「ええ」
叶は美琴の肩を掴んだ
そしてその体がその場から消えた
「…ねぇ、どこに飛んでるのよ」
「どこって、見たまんまだろ」
叶は平然とした顔で答えた
「じゃあ、この一面の青色は何だ!!!!」
美琴が突っ込む理由もわかる
今美琴の視界に広がっているのは学園都市
強いて言うならば学舎の園だ
そして青と言うのは空のことを指している
「仕方ないだろ。地点跳躍は、地点から地点への移動なんだから。まあ地点っつっても地面の底から上空何万メートルまでピンキリだけどな」
「…じゃあ今回は?」
「今は俺の念動能力(サイコキネシス)で浮いてるけど…」
叶は頭を掻きながら告げた
「失敗しちゃった☆」
「失敗しちゃったじゃねぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!お前はどこぞの第五位か!」
「うるせぇな。落とすぞ」
一瞬だけ能力を解除し、美琴を宙から放す
「うわっ!!」
そしてすぐに元の場所に戻した
「危ないわね!!死んだらどうするのよ!!」
「…大丈夫だろ」
「適当か!!」
だがこの状況はどうにかしないといけない
叶はすぐに思考を開始する
おそらく、地点というものの定義にはx座標とy座標の他にもう一つ必要な情報があるはずだ
つまりz座標
「なんだ、簡単な事か」
「えっ?」
叶は不適に笑んだ
忘れていた事は、座標の指定
それも、三つあるうちの一つを見落としていた事
「御坂、行くぞ」
「えっ、ええ」
美琴は叶の肩に捕まる
そして叶は演算を開始する
勿論今度は先程のようなミスはしない
すぐに、その場から二人の姿が消えた
叶達が地面に降り立った瞬間、目の前に現れたのは黒いローブを纏った人間がこちらへ向かっていた
そしてその裏を雫香と祐樹が追っている
「あっ、叶!いいところに!」
「天岡君、御坂さん、そいつを捕まえて!」
「合点!」
叶はすぐに動いた
遅れて美琴も動く
だがクロも負けてはいない
クロは前方に向かって手を延ばした
すると風を切るような音が聞こえ、周囲に舞う葉っぱなどが切り裂かれていった
とっさに叶は、美琴を背中に隠した
そして見えない刃が叶を切り裂いた
それを確認したクロは不適に笑んだ
しかし、それははやとちりであった
「!?」
微笑んだ瞬間、前方から微弱な電撃が飛来し、体の自由を失った
そして何かしらのアクションがあり、次にクロが気づいた時、後ろ手にされて地面に押さえ付けられて拘束されていた
「クロ確保!」
クロを押さえていたのは叶だった
「これ、私いらなかったんじゃない?」
「そんなことはないさ。十分仕事してもらったよ」
叶は手錠をクロに掛けると、少女を立たせ、フードを取り払った
その顔に表情は浮かんでいなかった
「…誰だ?」
「さあ」
「…常盤台の生徒っぽいけど…」
「まあ、とりあえず警備員に引き渡しか。はい、母さん」
「了解」
叶はクロを母親に引き渡した
「…一つだけ聞かせて」
連れていかれようとした刹那、犯人の少女が問う
「そこのあなた、なんで私の能力を受けても無傷なの?」
「ああ、それか」
確かにカマイタチを正面から受けたとは言え、叶の肌には傷一つなかった
それどころか服すら破れていない
「それな、俺の能力だわ」
「…あなた、何者?」
「天岡叶、風紀委員第一七六支部所属、とだけ言っておくよ」
表には公表されていないというわけもあり、叶は素性を出さなかった
クロの少女は不満そうな顔をしたが、すぐに元の無表情に戻り、祐樹の指示に従い歩を進めた
「さて、あとは谷崎か」
叶達は御坂の案内の元、学舎の園から退出し、自身の主治医のいる病院を目指した
第七学区にある大きな病院
そこに遥は搬送されていた
受付の人に促され、手術室近くまで叶達が行くと、既に手術は終わり、カエル顔の医者―通称冥土帰しが出てきたところだった
「ドクター、谷崎の容態は?」
冷静な声色で、また内心では遥を心配しながら叶は聞いた
「うん、一命は取り留めたよ。彼女の応急処置がもう少し遅ければ、危なかっただろうね」
叶はカエル顔の医者の目線の先にいる少女に目を向けた
「津島、今回は御手柄だな」
「はい」
見たところ、奈美は疲れているようだった
少しそっとしておいたほうがいいかもしれない
そう考えた叶は、これ以上奈美に関わることをやめ、雫香に声をかけた
「有田、谷崎を頼めるか?」
「了解。じゃあ、報告書はよろしくね」
「分かってる。あとは、御坂」
「言わなくてもいいわよ。津島さんでしょ」
「ああ。頼む」
叶はそういうとカエル顔の医者の元を訪れた
「ドクター、一つだけ聞きたいことが」
「なんだね?」
「あの傷、能力者によるものなんですが、どの程度の能力者なら出せると思いますか?」
病院へ向かう途中、叶は母親から報告を受けた
クロの名は高垣榛名(たかがきはるな)
能力は、異能力の真空刃(カマイタチ)
低気圧の場所を基点として、真空の刃を作り出す能力だ
能力レベルで言うと、カッターや彫刻刀で切り裂いた程度の傷になるはずだった
だが、遥の受けた傷は、それどころではない
一発当たるだけでも致命傷
それこそ緊急手術が行われるほどだ
「ああ、それかね。…僕の予想でしかないから当てにならないかもしれないが…」
その口から発された言葉に、叶は驚愕する
「恐らく、大能力程度の能力だと思うよ」
こうして、俺の、一七六支部での最後の事件は幕を下ろした
俺がこの事件で疑問に思ったことが解決するのは、もう少し先の話だ
また、俺はこの疑問などすぐに忘れてしまっていた
理由は明白
「入るぞ」
俺はある病室をノックした
「どうぞ」
返事があったので、迷いなく入る
「あ、天岡君」
そのベッドに谷崎はいた
「もう一ヶ月か。傷はどうだ?」
「うん。割と良くなったよ。来週には退院出来そうだって」
「…そうか」
嬉々として答える谷崎に、俺はため息混じりに返すことしか出来なかった
「…どうしたの、天岡君」
「…ああ、それがな」
俺は話すのをためらった
だが話さなければいけない
「どうやら、俺はお前の退院には付き合えなさそうだ」
「…どういうこと?」
心配そうな面持ちで谷崎は聞いてきた
…俺は、覚悟を決めた
「実はな、上からの命令で第一七七支部に転勤になった」
「…そう…なんだ」
あからさまに谷崎は落ち込んでいた
「けどまあ、転校するわけでもないし、また会えるさ」
「…そうだね」
谷崎は、笑顔だった
俺は、心が痛かった
その次の日、俺は荷物をまとめ、第一七六支部を後にした
送別会をやる、と仲間達は言っていたが、俺はそれを断った
また会える
なら、そんなことする必要はないと、そういって
ただ、倉橋に関しては全力で殴っておいた
一ヶ月前の件でうやむやになっていたからな
そして俺は、半年ほど過ごした支部を後にした
心残りは、なかったといえば嘘になるが
それでも、前を向くしかなかった
俺は、一人でその道を歩いた
第一七七支部についた時、すでに夕方だった
作品名:とある夢幻の複写能力SS 作家名:無未河 大智/TTjr