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スズメの足音(後)差分

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「わがまま禁止だからな」
「はいはい……」
「その代わり、元気になったら朝練でも早朝でも昼でも付き合うからな」
「あ、俺も俺も」
 スガが威圧を止めた途端に旭が横合いから首を出した。それからチャイムが鳴るギリギリに教室に戻って荷物を拾って早退した。真昼間の自宅の布団で居心地悪く寝返りを打ちながら、
(俺が部活休みたくないって言った理由、部が心配だからじゃないってすぐわかるんだな)
 当たり前のような、大事なようなことを考えた。体は熱でふわふわしているのに、部活の時間が恋しくて堪らなかった。主将としての務めじゃなく、ただバレーがしたかった。


 

 久しぶりに訪れる駅名のアナウンスで目を開いた。寝ていたわけではないけれど、寄りかかった扉が目的地まで開かないのをいいことに目を瞑ったままだったから、同じ車内でも乗車した時とは随分景色が違って見えた。
 駅とスガのアパートの間にはコンビニや遅くまで営業しているスーパーがぽつぽつあって、その灯りが見えるたびに差し入れを買うべきか迷って止めた。様子を見てから買ったほうがいい。もし、本当にろくに動けない状態だったら水分しか摂れない可能性もある。スガのアパートの近くにも色々な店があったはずだ。一度顔を見てからでも大した手間にならない。
 全くの手ぶらで記憶を頼りにスガのアパートの通りまで来ると、二階の部屋の玄関が開いていて、室内の灯りが目の前の通りまで光の帯を作っていた。スガの部屋も二階だった。見上げると、玄関の開いた部屋こそがスガの部屋だった。戸口に男が一人立っていて、何か話しているようだった。
 大学の友達だろうか。何人か偶然会って紹介されたことがあるが、正直顔も名前もあまり覚えていない。でも、自分より先に見舞いに来てくれる友達がいるのだと思うと寂しい気もする。
 部屋の内側に立つスガの陰が見えた。寝込んでいるわけではなさそうだ。焦って駆けつけたのが急に間抜けに思えてきたが、ここまできて会わずに帰るのも間抜けだ。スガの部屋と隣の部屋の間にかかる外階段を昇ろうとして、揉めているような声に動きを止めた。
「ちゃんと話そう、孝支」
「ごめん、………細山さんが悪いんじゃなくて、俺のせいだから………勝手でごめんなさい。家が決まるまで荷物は預かるから」
「そういう心配してんじゃなくてさ、俺に愛想尽かしたならそう言ってくれよ」
「違う!俺が悪いだけなんだ……」
「じゃあ、まだ話し合う余地アリだろ?」
「…………ごめん」
 少し間があって、男がため息混じりに言った。
「…………わかった。今日は別のところに泊まる。でも後でまたちゃんと話そうな。俺はまだ好きなんだ」
 スガの返事は聞こえなかったが、じきに扉の閉まる音がして、外に伸びた光が細くなって消えた。俺は咄嗟に階段の裏に隠れた。顔は見えなかったが、相手は全く知らない男だったと思う。
 玄関横の小窓から光の漏れるスガの部屋を呆然と見上げた。立ち聞きした内容は男女の別れ話みたいだった。男は確かに「好きなんだ」と言った。
 高校時代のスガが脳裏によみがえる。毎日のように見た、優しく笑うきれいな顔。バレー部としては小さめだが、学年で比べたら特別小さいわけでもなく、一緒に部活で鍛えた腕や足はちゃんと筋肉質だった。体質で思うほどには筋肉がつかず、俺や旭と比べて拗ねたりもした。あのスガが。
 案外細かに覚えているスガの顔や、身体のパーツを思い出すうちに頭がカッと熱くなって、慌てて首を振った。
 やっぱりこのまま会わずに帰るべきなのだろうか。でも、気落ちしているのは間違いないと思う。それなら、折角来たのだから、体調を崩しているわけじゃないことだけでも確認しよう。
 それから少し迷って近くの弁当屋まで引き返した。大会で負けた後はコーチにたくさん食えと言われて泣きながら食べた。体を作るための飯だったけれど、それだけじゃないと思っている。温かい味噌汁や優しい味の煮物で腹の奥から暖かくなると安心する。スガはマメに自炊をするタイプではないし、何かあった後なら余計にきちんと食べているか怪しかった。唐揚げ弁当を大盛りで二つ包んでもらって、豚汁もつけた。
 アパートに戻って、少しだけ躊躇って呼び鈴を押す。灯りはついていたし気配もあったが、すぐに出てこないのでもう一度押した。解錠の音の後でゆっくり細く扉が開かれる。
「…………細山さん、何か忘れ物でも――――」
「スガ」
 僅かな扉の隙間から玄関前の硬い床を見ていたスガがパッと顔を上げる。目をまんまるにして。
「大地………!」
 驚きと動揺が顔いっぱいに広がって眉間に皺が寄る。その顔をあまり見ていられなくて、弁当の袋を目線の高さに上げた。
「………旭にスガが風邪で寝込んでたって聞いて顔見に来たんだ」
「旭のヤツ…………寝込んだって先週の話だから大丈夫なのに」
「治ったとは聞いたけど、連絡とれなかったから、また調子崩してるんじゃないかと思ってさ」
 少し、苦しいな、と思った。連絡が取れなくて心配したのは本当だけど、先週寝込んだ時点でスガが連絡を寄こしていたら「治った」の報せをそのまま受け取っていたと思う。俺の家より距離のある旭だけが呼びつけられたことが納得いかなくて、無理にやってきたのだ。
 数カ月前から様子がおかしい時があったのも気になっていたが、それもこれもさっきの男に関係しているんだろう。理解がないと思われているのもショックだが、実際に酷く動揺しているのだから仕方ない。そう自分に言い聞かせた。
「ごめん、ちょっと、その……色々あって、何も返事してなくて」
「いいよ。俺が勝手にきたんだ。元気だってわかったら充分だ」
「…………ほんとにゴメン」
「いいって。飯はちゃんと食えてるか?差し入れに弁当買ってきたから食べろよ。一応俺の分もあるけど、大丈夫ならこのまま帰るから、明日にでもスガが食ってくれ」
 口を引き結んだり、何か言いかけたり落ち着かない様子で言葉を躊躇うスガに弁当を押し付ける。玄関の扉はチェーンこそかかっていなかったが、いつものように大きく開かれることはなかった。向き合うのを拒むような幅でお互いなんとなく目線が合わないまま会話していた。
 話したくないことを無理矢理聞こうとは思わない。さっきの男だって、また戻ってくるかもわからない。相手は別れ話に納得したわけでは無さそうだったし、そうなったら俺はあっと言う間に邪魔者になる。その場面に居合わせたくなかった。
 スガが包みを受け取ると同時に階段に体を向けた。
「それじゃ、また……」
「………待てよ!」
 さっさとこの場を離れようとしていた足を止める。
「あの………俺……」
「スガ?」
「あー………その……」
 呼び止めたものの、言いたいことがまとまらないようで、意味のない声をこぼして頭を振った。
「えっと、時間、大丈夫だったら、ちょっと上がってけよ。……ほら、折角ここまで来てくれたんだし」
「別にそんなの気にしなくていいからゆっくり休めって」
「そうじゃない。違うんだ。…………ダメかな」
 頼りなく上目遣いで見上げられ、それまで考えていた色々なことが一瞬頭から抜けた。「ああ」とか「じゃあ」とか、曖昧に頷いて、玄関扉の内側に踏み込んだ。
作品名:スズメの足音(後)差分 作家名:3丁目