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シノ@ようやく新入社員
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断崖の幸福

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「おお! 行く行く! 今日見学しようと思ってたんだよ。頼み事なら、スコールも行くよな? ジタンにはこの間助けてもらった恩もあるし」
 この間、とは不良グループに絡まれたときのことだ。
 有無を言わせぬ二人に挟まれて、スコールには為す術もない。了承も拒否もせず、ただ深く長い溜息をついた。


 放課後。体育館に行ったスコールとバッツは、入り口で出迎えた演劇部の部員に奥まで案内された。勧められるままに、ステージ前に二脚設置されたパイプ椅子に座る。
 てっきり演劇部が練習していると思ったが、体育館内どころかステージにすら誰もいなかった。姿を見たのは案内をしてくれた部員ただ一人。その一人も、案内が終わると舞台裏に消えていった。
 体育館の出入り口付近では、他校との交流試合を控えている剣道部が部員同士で模擬試合をしていた。去年は部員の大半を占めていた三年生が今年卒業。更に今年入った新入部員も少なく、存続の危機というのは本当らしい。何度も同じ部員同士で繰り返し練習している。
「気になるんなら、行ってみればいいじゃん。剣道好きなんだろ」
 好きは好きだが、やはり行く気にはなれない。スコールは交差させていた脚を組み替えて、素知らぬ顔でそっぽを向いた。
 バッツは表情こそにこやかなままだが、ぴくぴくと口を引き攣らせる。
「この、強情」
「なんとでも言え」
 舞台裏から足音がした。
 体育館の半分、入り口付近では剣道部が練習しているので、全ての照明を落とすわけにはいかない。それでも舞台付近のカーテンは全て隙間なく閉めきり、可能な限り暗くしたステージ上で、タキシードを着たジタンがうやうやしく一礼する。
「遙か昔より、この世界には沢山の物語が存在しております。時代が巡るとともに、生まれては消えていく物語。人の想いの数だけ存在するそれらのうちのたった一つを、今宵は皆さま方にのみ、御披露いたしましょう」
 演劇部員が数人、ステージ上で演技を披露していく。
 身振り手振りは大きく、声量のある滑舌のいい声。物語が展開するに従って、くるくると表情を変え、感情の動きに従って身体の動きも変え。本格的な舞台ほど音量は出ていないが、剣道部の練習を邪魔しない程度に音量を落とした効果音が絶妙のタイミングで流れる。
 突然上演された演劇部の舞台に、バッツとスコールは自然と惹きつけられていった。
 物語は、西欧の小さな国で起こる、愛情の葛藤と友情を描いた悲劇だ。言動や行動の行き違いから、登場人物の親友二人が剣を交えたところで、突然舞台は終了した。
 そう長くはない時間だが、観客が二人だけだったにも関わらず本気で演じた演劇部員たちに、バッツとスコールは拍手を送る。
「すごいじゃん。演劇って学園祭レベルでしか見たことないけど、ここのは本格的なんだな」
「……何度も賞を獲っているとは聞いていたが」
 さほどスコールも舞台について詳しくないが、高校生レベルでないことだけは理解できる。
 出演した演劇部員が舞台裏から次々に姿を見せ、ステージ上で一堂に会していく。部員の一番前、ステージのセンターに立って、ジタンは始まりと同様にうやうやしく一礼した。
「お誉めにあずかり光栄至極。時間の関係で途中までだけど、部員一同、本気で演じたぜ。この続きは次の公演で、って言いたいとこなんだけど。二人にはこの演目作りに協力して欲しくて、今日呼んだんだ」
「オレらに、ステージで演技しろってこと?」
 ジタンは首を振った。
「この演目は三週間後に控えてる、新入生歓迎祭用の劇なんだ。祭りで劇を披露して、うまいこと新入生に演劇に興味を持ってもらうのが目的。少年漫画やアクション映画や特撮の戦闘シーンが好きなヤツ、結構多いだろ? 最後に親友二人が剣を交えるシーンは今回の演目の重要場面の一つで、おれたちは今よりずっと迫力のあるシーンにしたいと思ってる。劇を面白くするためにも、新入生に興味を持ってもらうためにも。バッツとスコールには、殺陣の演出を手伝ってもらいたいんだ」
「たて? ……つーと、なに?」
 バッツに声をひそめて尋ねられ、スコールは本から得ただけの知識を頭の隅から引っ張り出した。
「時代劇で侍が刀持って振り回すシーンがあるだろ。アレだ。演劇や映画の乱闘や捕り物。いわゆる立ち回りのことだな」
「さすがスコール先生、話が早い。模範的な回答だな」
 拍手するジタンに、スコールは不遜な顔を向けた。
「殺陣の演出なら、すぐそこに剣道部がいるだろう。なんで俺たちなんだ」
「剣道マスターランクのスコール先生が、それ聞いちゃう?」
 スコールは不遜顔を崩さなかった。ジタンが胸の前で腕を組んで、面倒くさそうに口を開く。
「この間、バスケの試合しただろ。本気でスポーツやってるスコールを見たのはあれが初めてだったけど。あんまりにも良い動きだったんで、驚いたんだぜ。体力の消耗を極力抑えた無駄のない動きとか、自分の体格と肉体のバネを利用したボール運びとか。そんでもって、おれやバッツの体格や動きに合わせて、臨機応変に対応してきただろ。肉体の動きを熟知してないと、ああは動けないね」
「…………」
 スコールは肯定するでも否定するでもなく沈黙した。ジタンから受けた指摘は、たまに意識することはあっても殆ど条件反射で行っている。幼少時から武道の英才教育を受けた成果が、身体に染みついているからだ。
「極めつけは、対不良とのアレね。使い慣れた竹刀ならともかく、得物がバットなのに速攻で対応しちまうんだもんなぁ。舞台では剣以外の武器を使う場合もあるから、色んな武器で対応できるのは強みだよな。まさしく殺陣師にピッタシ」
「へー。そこまで見抜いたジタンも相当スゴイよな」
 ジタンは不敵に笑って、感心しきりのバッツに向き直った。
「バッツはバスケの試合でスコールの動きを真似しただろ。一度見ただけで他人の動きを覚えて真似るなんて、並大抵の人間にできる芸当じゃない。殺陣だけじゃなくて、演技者にも向いてるよ」
「いやぁ〜それほどでも、あるけどな!」
「……いや、そこは自信持ってても否定しとけって……。まあ、バッツらしいっちゃらしいけど。――で、返答は?」
「返答も何も、他でもないジタンの頼みだからな〜」
 バッツが快諾するのは分かりきっていたジタンは、言い終わるか終わらないかのうちにハイタッチのポーズを取った。バッツとジタンの掲げた右手が、ぱんっと軽快な音をたてて打ち合う。
「スコールも、まさか断らねえよな。バスケで勝ったら何でも願い事を聞いてくれるんだろ?」
「……いつのまにそんな話になってるんだ」
 あれはバッツが勝てば「部活見学に付き合う」、スコールが勝てば「バッツ考案・スコール人慣れ計画の頓挫」を賭けたのであって、「負けた方が勝った相手の願い事を聞く」と約束した覚えはない。
 そう反論しようとスコールが口を開く前に、今まで状況を見守っていた演劇部の一人が不機嫌な声を発した。
「ちょっと待ってくれよ、部長。コイツらが適任だから、協力を得られれば今より絶対良くなるって、自信満々の部長の意見に流されちまったけど。やっぱ、俺にはそうは思えねえんだよな」