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シノ@ようやく新入社員
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断崖の幸福

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 スコールの胸倉を掴んだバッツは、背後の扉へとその身体を押しやった。突き飛ばされた衝撃で、扉が重低音を響かせる。
「こうやって、人を脅すお仕事とか。スコールには想像もつかないだろ。できることならああいうの、したくないんだよな。せっかく全部忘れて旅に出たのに、スコールに逮捕されて再会って、洒落になんないだろ?」
「もう、帰ってくる気はないのか」
 スコールは息苦しさをこらえながら口を開いた。
 言われた科白に、バッツが鼻白む。
「んなこと、まだ言ってんのかよ。あれだけ酷いことしたってのに。男に掘られたんだぞ。ムカつくだろ?」
「ああ、なんだあの絵は。ふざけるな」
「なんだよそっちこそふざけんな! あの絵はオレ的に力作……って論点が違うから! そこじゃないから!」
 普段なら頭をがしがしと掻き毟って地団駄でも踏みそうな勢いだったが、生憎とバッツは胸倉を掴んだまま、不穏な気配を崩さなかった。手に、更に力が込められる。
 ……余計な苛立ちを与えてしまったかもしれない。
「俺は、おまえの本心が知りたいだけだ」
 バッツの纏う空気が冷え冷えとしたものに変わっていく。ゆっくりと胸倉を掴む手が離れていった。
 息苦しさから解放されてスコールが安堵したとき、バッツの手が、スコールの耳を掠めて背後の扉を叩く。耳元で響く重低音に、スコールは反射的に身を竦めた。屋上の扉とバッツの身体に挟まれて、身動きが取れなくなる。
「本心が知りたいなら、教えてやるよ。オレはさ……。独りでも大丈夫だって強がってるくせに、スコールがすげー淋しそうにしてるから、ムカついてたんだ。淋しいなら孤独を装うなって、見ていてイライラした」
「それは……」
 矛盾していると、自分でも分かっていた。
 他人と距離を置いて、なるべく関わらぬよう振る舞っているのに。他人が自分をどう思っているのか、本当は気になって仕方なかった。バッツと出逢ってからもそうだ。バッツが何故自分を構うのか、そればかり気にしていた。
 恐怖を振り切ってでも自分の気持ちに従って行動するなんて、考えもしなかった。
「でも、安心したんだぜ。スコールが前向きになってさ」
 不意に、バッツが満面の笑みを浮かべた。
 冷え冷えとした空気は相変わらずで、相反するその笑顔が、ぞっとする雰囲気を醸し出していく。
「実は聞いてたんだ、さっきジタンと楽しそうに話してただろ。演劇部の手伝い、続けるんだよな? ぬいぐるみ握って頬なんか染めちゃって、仲良さそうにして」
 互いの息がかかるほど、バッツの顔が迫ってくる。鼻先が触れるか触れないかの位置で、声を潜めた低い声がスコールの耳を擽った。
「もう、オレいらねえじゃん。スッパリ忘れてくれよ。忘れるの、得意だろ?」
「……っ」
 揶揄するような物言いに、一瞬我を忘れた。怒りに任せて、スコールはバッツの胸倉を掴む。
「あれだけ俺に存在をうえつけておいて、今更、忘れられるわけがないだろ…!」
 行動に振り回され、感情を掻き乱されて。
 たった半年。短い期間に育っていった身の震えるほどの想いを、そう易々と忘れられるものか。
 胸倉を掴む手に体重を預けるようにして、スコールはバッツをコンクリートの床へと押し倒した。押し倒した拍子に、スコールの意志とは無関係に、胸倉を掴んでいた手がバッツの首へと触れる。
「首、絞めたきゃ絞めろよ。オレが前にやったように」
 感情のない声でバッツが言った。表情からは何も伺えなかったが、視線の先に太陽があるせいか、双眸が眇められる。それがどことなく穏やかに笑っているように見えて、また腹の底から怒りにも似た感覚が沸き上がってくる。
 苛立ち紛れに、スコールはコンクリートの床を拳で叩いた。
「俺はっ……! おまえに、復讐したいわけじゃない」
「へえ、心が広いんだな」
 バッツが侮蔑するように嘲笑する。
「あれで駄目なら、どうやったらオレのこと嫌いになるんだろうな。乱暴にされるより、キモチヨク抱かれて散々いかされてた方が、ダメージ大きかったとか?」
「言っただろ。その程度の痛みで、忘れられるはずがない」
 眇めた双眸の奥で、バッツの瞳が少しだけ揺れた。じっと見ていなければ気付かないくらいの些細な変化は、瞳の奥の深い空洞に飲み込まれて瞬く間に消失していく。
「おまえがオレを忘れなくても、オレんなかにスコールの居場所はないんだよ」
「それなら……」
 それなら、どうして俺を見てそんな顔をするんだ。
 バッツの瞳が僅かに揺れたとき、侮蔑の表情に、哀憐の感情が混ざっていた。
「俺の心を繋いでるのは、おまえだろ……バッツ」
「相変わらず優しいよな、スコールは」
 バッツが手を伸ばした。そっと触れた指先が、スコールの首筋を確かめるように辿っていく。
「なら、オレがやる」
 襟元を引っ張られ、何が起こったのか考える暇もなく身体が反転し、スコールとバッツの体勢は逆転した。
 降り注ぐ陽光の眩しさに、スコールは目を眇める。太陽を直視せざるを得ない体勢に、目を開けていられなかった。狭窄した視野のせいで、バッツの表情が分からない。
 どんな気持ちで、首に手をかけているんだろう。少しでもそれが知りたくて、スコールはバッツへと手を伸ばした。
 頬に触れた手から、何かをこらえるように奥歯を噛みしめているのが伝わってくる。
 スコールの口元が、自然と笑みに変わっていった。
「……笑わせるな」
 おまえこそ、出来もしないことを。
「手酷く傷つけられるのなんて、それこそ今更なんだよ」
 人の気持ちなんてお構いなしで、何度素気なく拒絶しても余計な世話を焼いてきたくせに。
「……っ」
 小さく息を呑む音が聞こえた。指先から手の甲へと、バッツの頬に触れるスコールの手に、水が滴り落ちていく。
 首を掴んでいたバッツの手がゆるゆると降りていき、スコールの制服を子どもが縋り付くように掴んだ。身体の力を抜いて胸に寄りかかるバッツの背を、泣き叫ぶ幼子をあやすように、何度か軽く叩く。
「スコールには、分からないだろ……。今の今まで隣で笑ってたヤツが、次の日には動きもしない。何も言わなくなっちまって」
 丁度心臓の位置に顔を伏せるバッツが、くぐもった声で呟いた。
 本当に独りになるなんて、スコールは考えもしなかった。でなければ孤独を装うなんて、出来はしなかっただろう。
「どんなに慌てたって、泣き叫んだって、取り戻せないんだ。すげー哀しくて、淋しくて……。でも、だんだん胸の奥が真っ暗になって、最後はオレのなかにあったものまで無くなっていく。楽しかった思い出とか、好きだった気持ちとか……。夢から醒めたみたいに、どんなだったかなって、全部忘れていって。そのうち涙も出なくなって、何も感じなくなる……。――そういうの、もう嫌なんだよ」
 途方もない孤独のように思えた。まだ成人前の、成熟しきっていない精神で、それを抱えきれるはずもない。
 孤独にもがき続けただろう当時のバッツが、哀しみや淋しさを忘れていったのは、きっと無意識に敷いた防衛機制なのだろう。