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ラブ・ミー・テンダー 2

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 枕をどかして寝台に深く腰掛けた静雄の膝の上に、有無を言わせず強引にお姫様だっこで攫って来た帝人を下ろして、しっぽり語らうこと30分――。

 勘違いが得意な“恋愛オンチ”の恋人に、静雄がどれだけ熱愛しているかを、甘い囁きと際どいスキンシップで遺憾なく伝えまくり、心底惚れ込んでる事をたっぷりと実感して貰ってから、記憶が迷子になってる帝人が身を寄せ易いように、「パーティーがお開きになったら、俺と一緒にうちに帰ろう」と、改めてプロポーズし直した。
 情に絆されて構ってくれてただけなら、もう優しさに甘えて頼る訳にはいかないと、気丈な振りをして平静を装ってはいたが、本当は心細くて堪らなかったのだろう。
 静雄の元を去らなくても良いのだと分かった途端、思い詰めていた緊張の糸が切れたのか、雨雲が掛かっていた帝人の瞳から、ぽろぽろと大粒の雨が降り出した。

(善がってる最中でもなけりゃ、涙なんか滅多に見せたりしねぇのに…。やっぱ記憶が欠落している所為で、少なからず情緒不安定になってるのかも知れねぇな。)

 しめやかに涙の雨をそぼ降らせる帝人が、必死に声を押し殺していたので、「そんな泣き方では息が苦しくなるぞ」とやんわり窘め、我慢せずに嗚咽を漏らすよう促してやる。
 素直に頷くには抵抗があったようで、帝人は渋ってなかなか啼泣しようとしなかったが、やがて堪え切れなくなったのか、か細くしゃくり上げる忍び音が、吸気に混ざって聞こえ始めた。

「…貴方…の事、忘れちゃ…って、ごめ…ん…なさい…っ…」

 思い出したくても、どうやったら記憶が取り戻せるのか、分からないと言って、帝人は泣く。
 胸を締め付けるような切ない声音で、慕わしげに静雄の名を鳴きしきる迷子の子猫が愛しくて、膝に乗せてた小柄な痩身を優しく抱き締め、とめどなく零れ落ちる透明な雫を、唇でそっと受け止めた。

「記憶喪失になっちまったのは、おまえが悪い訳じゃねぇだろ。あまり気に病むな」

 無理に思い出そうと焦らなくて良いから、「もっと肩の力を抜け」と慰撫してやりながら、泣き濡れた顔のあちこちに、淡いキスを舞い降らせる。

 一片(ひとひら)ごとに睦言を添えて。一片ごとに想いを込めて――。

 帝人の瞳から零れた雨粒より多くのキスを贈った頃、涙で浄化されて少しは気持ちが軽くなったのか、愁いを帯びて曇っていた帝人の表情に、ほんのりと和らいだ日差しが戻って来た。

「記憶と一緒に、貴方まで失わなくて良かった。…僕に居場所をくれて、ありがとう、静雄さん」
 くすぐったそうに微笑んで、帝人は「ただいま」と囁いた。
「覚えて無くても、迷わず俺の所へ戻って来てくれて、嬉しかった。…おかえり、帝人」

 雨が上がったばかりの艶めいた目元に唇を寄せ、眦に光る残滴を舌先でチロリと舐め取ってから、含羞んで俯いてしまった帝人を懐抱して、束の間ふたりで余韻に浸る。

 たとえ神隠しで失われた記憶がこの先ずっと戻らなくても、もう一度ここから新たに帝人と愛を深め直して行けるのなら、今まで積み重ねてきた掛け替えのない日々を、終生思い出して貰えなくても構わなかった。

   * * *
作品名:ラブ・ミー・テンダー 2 作家名:KON