yamatoへ… ユキバージョン 1
「ただいま。」
ユキは角膜認識をしてマンションのオートロックを抜けるとエレベーターに乗り自宅へ帰って来た。
「お帰り。」
母が洗濯物を畳んでいた。
「今日は早かったのね。」
母は立ち上がって冷蔵庫からジュースを取り出した。
「なんだか不満気な顔ね。」
母が笑う。
「今日、抜き打ちテストだったの。」
ユキはジュースを一口飲んで言った。
「そう…テスト自体は珍しくないじゃない?」(母)
「そうなんだけど…クラスがめんどくさくて。」(ユキ)
「面倒?」(母)
「できた、できない、って。人の事なんてどうでもいいじゃない。」(ユキ)
「そうね、でも普通、人の事が気になるものよ。」(母)
「そう?まぁいいわ。」
ユキはジュースを一気に飲むとグラスをキッチンの流しに置いて自分の部屋に入って行った。
「簡単すぎるわ。テストも人によって変えないとダメよ。」
ユキはテストの内容を振り返って呟いた。
「あの程度で躓いていたら国立中学に普通に入るようになっちゃう。」
ユキには目標があった。塾のリュックを手に持ち宿題がちゃんと入っているかを確かめるとそれを背負って自分の部屋を出た。
「ママ、行ってきます。」
ユキが靴を履きながら言うと奥から母が玄関まで出てきた。
「早すぎない?塾の時間まで2時間もあるわ。」(母)
「自習するの。」
ユキはそう言うと“じゃぁ”と言って玄関を出て行った。
「そんなに勉強、勉強…って…何を焦っているのかしら?」
母はひとりで突っ走ってしまいそうな娘を心配していた。
「こんにちは。」
ユキが塾の教員室に顔を出した。
「こんにちは、今日も早いね。」
教員の一人が顔を出す。
「えぇ、自宅にいても勉強できないから。自習室、借ります。」
ユキはいつもここで勉強していた。自宅で勉強するのは宿題だけ。自宅だと母が何かとうるさい。やれ近所の〇〇ちゃんは何が得意、とか〇〇ちゃんは親の手伝いを何でもする、とか…。母はやたら“あなたは女の子なんだから”と言う。それがとても煩わしかった。
塾は高校生も通っている。だから大学受験の問題も全部そろっている。自宅で勉強することはもう何もない。ここへ来ればもっと先の事を勉強できる…そう思うと自然とこの自習室がユキの居場所になっていた。
「わかる?」
ユキが難しい顔をしていると誰かしら先生が声を掛けてくれた。最近はやたら医学の本が多いのでそれなりの知識を持っている先生しかユキに話しかけない。声を掛けてきたのはその塾でも一番若く人気のある先生の浜崎だった。
「あ、あのぅ…ここなんですが…。」
ユキの参考書は医大の大学受験の物だ。
「あぁこれね。ここ難しいんだよ。私もここでひっかかったんだけどね…」
浜崎はユキに判るよう噛み砕いて教えてくれる。どんなに知識があっても実年齢は12歳。例え、で教えることも却って難しかったりする。
「ふぅん、そうなんだ。」
ひとりきり勉強した後少し休憩、と思い浜崎がユキに紅茶を買ってきてくれた。
「すみません。」
ユキは温かい紅茶を受け取ると笑顔でお礼を言った。
「ねぇ森さんは将来女医さんになりたいの?」
浜崎が尋ねた。ユキは少し考えた後小さくうなずいた。
「そうんなんだ。医者になるには時間がかかるからなぁ…だから頑張って
るんだね?」
浜崎の言葉にユキは頷く。
「ご両親に話した?」
ユキは首を振った。
「なぜ?夢に向かって頑張ってるんだろ?ご両親だって応援してくれるよ?」
ユキはもう一度首を振った。
「私が医者になりたい、って言ったって“そう”で終わっちゃう。子供の
夢なんて所詮夢、って思っているのよ。2年ぐらい前に医者になりたい、
って話したけど“そう”で終わり。きっと今も変わらないはず。」
ユキはすでに外国に落ち始めている遊星爆弾の事が気がかりだった。
「あれが日本に落ちるようになったら勉強どころじゃなくなるかもしれない。
そしたら医師になる事も出来なくなってしまう。そうなる前に一日でも早く
医師になるための勉強をしたいの。ここで勉強すれば学校でもどんどん
進む…今、高校3年生が終わるところ。学校の先生もこのまま行けば大学へ
進む事も出来るかも、って言ってくれてるの。」
普段あまりしゃべらないユキがよく話すので浜崎は黙って聞いていた。
作品名:yamatoへ… ユキバージョン 1 作家名:kei