yamatoへ… ユキバージョン 1
ユキは翌日校長室にお邪魔した。
「森さん、どうしたね?」
校長の横に担任もいた。
「先生方にお願いがあります。」
ユキが90度に頭を下げてこう言った。
「私、どうしてもお医者さんになりたいんです。でも母は反対する…だから
ギリギリまで母に言わないでください。手続きは先生方に任せます。
お願いします。」
「森さんはまだ小学生だから保護者が必要なんだよ。」(校長)
「わかっています。」
ユキがやっと頭を上げる。
「ご両親に話したのかね?」(校長)
「…反対されるのわかってますから…まだ…。」(ユキ)
「それはいけないよ。やはりご両親と相談しないと。」(校長)
「絶対反対されます。そしてこのまま国立の中学に進級させられてしまう。
普通の飛び級だって受け付けてくれないのに…絶対反対される。」(ユキ)
「だけどそれを森さんだけで、って訳にはいかないよ。」(校長)
「私はこのままじゃ親の敷いたレールの上を歩いてそのまま終ってしまう。
それじゃ私の人生じゃない。私は自分で掴んだチャンスをものにして頑張り
たいだけ。誰のものでもない私の人生だから。もし失敗しても誰のせいにも
しない。」(ユキ)
「トウキョウに誰か知り合いはいるかね?」
校長の問いに首を振る
「やっぱり無理だ。森さんを親の承諾なしに…。」(校長)
「待ってください!私、何のために頑張ってきたのか…いつか飛び級の話が
絶対来るから…そのチャンスを掴むために頑張って来たのに…自分の為に
頑張って来たのに…先生も知ってるでしょう?(担任を見て)飛び級の話が
出るかもしれません、って話ししたってわれ関せず、で。私の事何も
わかってないの。」(ユキ)
担任の先生は確かに本当にユキの事を考えているのだろうかと思った事は何度もある。しかし今回の事は学校で収められる問題ではない。もし、トウキョウシティでユキの身に何かあれば学校側も親の承諾なしに送り出してしまうとまるっきり無責、というわけにはいかない。
「お願いします!私をトウキョウシティへ…医大に通わせてください!」
ユキは何度も何度も頭を下げた。
「どうしても…医大に通いたい…自分の力を試したい!絶対に夢を現実に
するから!学校に迷惑は掛けません…お願いします。」
ユキの瞳に涙はない。その瞳は決意に満ちた強い力を感じる事が出来た。
ユキの決心は強かった。何度も同じ事の押し問答で辺りはいつの間にか日も暮れて真っ暗になっていた。
「森さんには敵わないな。」
校長が頭を掻きながらため息をついた。
「校長…」(担任)
いつの間にか校長室に教頭も来て学年担任の先生も来てユキを囲んで説得していたが校長がため息混じりにソファーに座った。時計を見ると午後8時。授業が終わったのが午後2時。かれこれ6時間も立ったまま押し問答を続けていたのだ。
「校長先生…」
あきらめムードの校長の顔をユキが複雑そうに見る。本当は申し訳ない気持ちでいっぱいなのだ。
「そのかわり…」(校長)
「そのかわり?」(ユキ)
「りっぱな医師になる、と約束してほしい。患者の立場に立てる優秀な医師に
なる、と…ね。」
校長はそう言って柔らかく笑った。
「「校長!」」
他の先生が抗議の声を出す。
「私も今年、定年だ。もし問題になったら私が独断で判断した、と言っていい。
そしたら学校にも迷惑かからないだろう。」
校長がそう言ってにっこり笑った。
「校長先生…」
ユキの眼にうっすら涙が浮かぶがそれを必死にこらえた。
「絶対に迷惑かけません。将来自慢の教え子になるよう努力します。」
ユキは笑顔でそう言い切った。
「いやぁ…“先生”を何十年としてきたが森さんのような生徒は初めてだ。
まだ小学生なのに自分の目標を持ってしっかり歩いている。私も森さんに
会えて…話せてよかったよ。」
校長はユキに握手を求めた。ユキもそっと校長の手を握る。
「ここにいる先生も…何も聞かなかった事にしてほしい。あくまでも私と
森さんで決めた事だ。森さんのご両親が来ても私しか知らない、と電話なら
私にすぐに代わるように。そしてこの事は誰にも話さないよう内密に。
ここにいる4人と森さんしか知らない事実だ。」
校長は厳しい目で先生方に伝えた。
「森さん、遅くなったから私が送ろう。」
校長がそう言うと
「いえ、私は塾に行くので。」
ユキが断ろうとしたが
「ではその塾まで送ろう。」
校長は自分のバッグを持つとユキと一緒に校長室を出た。
作品名:yamatoへ… ユキバージョン 1 作家名:kei