yamatoへ… ユキバージョン 1
3日後、学校に詳しい内容を示したメールが校長宛てに届いた。
「森さん、ちょっといい?」
ホームルームが終わったところで担任がユキを呼びだした。クラスメートは何だろう、と詮索する。
「はい。」
ユキはリュックを片手に急いで担任の後ろをついていった。
「なんか最近よく職員室に行くわよね。」
「こないだ校長室に入った、って話も聞いたわ。」
「私塾、一緒なんだけどいっつも勉強してて話した事ないけどこないだ遅刻
してきたのよね。」
「珍しい…授業よりうんと前から自習室にいつもいるじゃない?」
「で、いつも同じ先生が付いてて…ずるい、って思う。」
「その先生若くてすごい人気なのよね!」
頭もよくて運動神経もいいユキは嫉まれる対象だ。いい事をしても褒められることはなく“目立ついい子ちゃん”としか思われない。ユキは自分の後ろ姿をクラスメイトがどんな風に言っているか何となく知っていた。ユキの父は転勤が多かったのでこの学校もしばらくしたらまた変わる。コソコソ言ってるのをいちいち説明する時間がもったいない。人の事を気にする前に自分の事をしよう…それがユキの鉄則だった。
「今日、軍からお達しが来てね…開けてごらん?」
校長が自分のメールをユキに開けさせた。最初の文章は挨拶でユキがこちらで引き受けるまでよろしく、と書いてあった。
「…小学校の卒業式の二日後、荷物を引き上げるトラックを森さんの自宅へ
向かわせます。寮はトウキョウステーションからエアートレインで3駅の
治安のいい大学病院付属の女子寮。男子禁制で女性は看護士志望の子が
多いので心配な事はないでしょう。森さんに関しての学費、寮費は全て
国が負担します。奨学金として月に日本円で3万程度を森さんんへお渡し
します。実家に帰る交通費や普段の生活の足しにしてください。」
メールを下にスクロールするとチケットが添付してあった。
「リニアのチケット…」
校長がプリントアウトしてユキに見せる。
「これがそのチケット…。無くしたら困るからここの金庫に入れて卒業式
当日、卒業証書と一緒に渡そうか?」
校長が提案する。もしこのチケットを持ち帰って両親に見られたらそれこそこの作戦自体が崩れてしまうかもしれないのだ。
「いいですか?そうしてもらえるとお部屋の掃除の時どこに隠そうか心配
しなくていいです。」
ユキは心底ほっとしたのだろう、手に持っていたリュックを床に落とした。
「卒業式まであと1か月だ。頑張って乗り切ろう。」
校長と担任が顔を引き締めた。こんな大事な事を子供と先生だけで決める事は考えられない。ユキの両親の出方次第では先生自身も路頭に迷う事になるかもしれない…
「ありがとうございます。」
でもこのユキの笑顔を見ると子供の夢をかなえさせてやりたい、とそう思うのだった。
ユキは母に携帯で連絡を取りそのまま塾に行く事を伝えた。
「こんにちは…。」
いつもよりうんと早い時間に塾に着いた。3人の大学生のバイト達が部屋の掃除をしていた。ユキの声を聞くとピタっと話が止んだ。
「すみません…いつもきれいなのは先生たちがお掃除してくれてたんですね。」
ユキが申し訳なさそうに言う。
「森さんたちはお勉強しに来てるんだからいいんだよ。それより随分早いね。
あ、浜崎先生呼ぼうか?」
ユキがいつも早く来て自習してる事はみんな知っている。
「あ、いえ…あの、もう、いらしてますか?」
ユキはいつも話を聞いてくれる浜崎に今後の話のメールが来た事を報告したくて早く来たのだ。
「まだ来てないみたい。勉強なら一緒に見てあげようか?」
大学生の一人が言った。すると他のふたりも“そうだ、そうしよう”と言ってユキを座らせて端末を出させた。
「へぇ…すごい難しところやってるじゃん。」
大学生のバイトの先生は少し身を引いた。内容を見ると現役医大生がしてる勉強と同じだったからだ。3人の中でひとり、現役医大生がいた。
「これ、医大で最初に習うところだ。医大、希望なの?」
ユキは黙って頷いた。医大生以外は何の事かちんぷんかんぷんだ。
「そうか…今12だろ?すごいな。飛び級を見据えてるんだ。」
ユキはもう一度頷く。
「森さん?」
聞きなれた声が後ろから聞こえた。ユキがびっくりしながらも振り返って安心した顔になった。
「早く来たんだね。なにかあった?」
浜崎が上着を脱ぎながら自習室に入ってきた。
「事務の先生が森さん来てたわよ、って教えてくれてね。」
作品名:yamatoへ… ユキバージョン 1 作家名:kei