yamatoへ… ユキバージョン 1
「そう、ですか。」
ユキは何か話したそうな顔をしたので浜崎はバイト達の顔を見てユキを席から立たせると
「ちょっと出ようか。」
と言って自習室を出た。
「ここならいいでしょ。」
先日と同じカフェに来ていた。今日はケーキは一つ。
「一個だけ?って思ってない?」
浜崎が笑う。
「思ってません…前もごちそうになってしまって…。」
遠慮しがちにユキが言うと
「子供は“いただきます”って言って遠慮しないで食べる。」
浜崎はそう言うとコーヒーを一口飲んだ。ユキが“いただきます”と言って生クリームをそっとすくって口に入れたのを見て声を掛けた。
「話があって早く来たんだろう?」
にこやかに聞く浜崎にユキが頷く。
「あの…これ…。」
校長宛てに来たメールを一枚だけプリントアウトしてもらったのだ。浜崎はそれをじっくり読むとにっこり笑った。
「よかったじゃないか。ちょっとこの奨学金が気になるけど…多分返さなく
てもいいヤツだと思うけど明日返金しなくてはいけない奨学金なのか確認
してもらった方がいいと思うよ。」
ユキは奨学金の意味が分からなかった。
「そうだな、今回は国の意向だから、だと思うけど普通奨学金は勉強したい
けどお金がない人を対象にするものなんだ。返さなくてもいい奨学金と
返さないといけない奨学金がある。例えば両親が働けない、とか、いない、
とかだと返さなくてもいい奨学金が借りられて両親はいるけどお金がない
だと卒業してから少しずつ返す、というものがあるんだ。」
「大学ってお金がかかるのね。」(ユキ)
「そう。とてもね。」(先生)
「そっか…」
ユキは少し肩が落ちた。
「でもすごいじゃないか。普通に勉強して中央病院の付属の医大に通う事って
すごい難しいんだよ。私の知り合いで3浪して入った人もいる。今はもう
現場にいると思うけどね。」
先生は“もう何年も連絡を取っていないけど”と付け加えた。
「さっき…他の先生と何を話してたんだい?」(先生)
「どこを勉強しているの?って聞かれて…」(ユキ)
「それで端末が出てたんだ。あいつらわからなかったでしょ?」
浜崎が少し意地悪そうな顔をする。ユキはその顔が面白くて笑ってしまった。
「でもどうして先生分かるの?」
ユキは疑問に思った。現役医大生が驚くぐらいの事を浜崎は私に教えてる、となぜだろう、と。
「ん?それは勉強したから、だよ。」
さらっと答える。
「“知らない”事が許せない性格だった。それだけだよ。人間何事にも
貪欲になれば頭に入って来る。人間の脳は実際の3割程度しか稼働して
いない。残りの7割をどう使うか、で人生変わるんだ。……なんて偉そう
な事言ってるけど私の7割だって稼働してるわけじゃない。だけどイメージ
するんだ。もっと入る、ってね。もっと知りたい、ってさ。森さんも医大に
行ってその7割を使える方法を研究して発表したらノーベル賞モンだと
思うよ。」
本気かウソかわからないようなことを言ってユキを笑わせる。
「でもおめでとう。ここからしばらく隠し通すの大変だな。私にできる事は
なんでもするよ。」
そう言ってメールを印刷した紙をユキに返した。その場でユキはビリビリに細かく破く。
「自宅でシュレッダーなんて使ったら“何それ?”って母がいいそうだし…。」
ユキはその紙をケーキを包んでいた紙に丸めた。
作品名:yamatoへ… ユキバージョン 1 作家名:kei