yamatoへ… ユキバージョン 5
「看護士が足りない…か。」
看護士の卒業式からすでに3か月が経っていた。
この日、ユキは実習を終えてランチをしていた。この頃になると同期がそろって食事する事もなく一人で食べる事が多かった。
「お隣いいですか?」
ユキは混んでいないのに隣に座ろうとする影に少し訝しんだ…が、顔を見てにっこり笑った。
「緒方先生!」
ユキがお世話になった緒方だった。
「どうしたんですか?」
ここは通常一般の人は入れない。
「いや、今日はここでラボでの研究発表があってね。お昼はここで食べよう、って
決めてたんだよ。タイミングが良ければ森さんに会えるかな、って思って。
で、驚かせようとしたんだ。」
緒方は半年ほど前、ユキに“もう、教える事はない”と言って勉強会を終わらせていた。ユキは突き放された気分だったが独り立ちしなさい、と言われている事に気付きそれを受け入れた。
「半年ぶり、ですね。お元気でしたか?」(ユキ)
「あぁ、元気だったよ。だけど森さんが来なくなったらやっぱり寂しくてねぇ…
しばらく研究も手に着かなかったよ。それに…」
緒方が話しにくそうになった。
「それに?」
ユキが復唱して聞きたい、とアピールする。
「私のラボに森さん目当ての人が多くてね…この半年で随分人が減ったよ。だけど
森さん目的で来て私の研究にはまった人もいるからどっちもどっちなんだけど。」
緒方が笑う。でもユキは迷惑をかけてしまった事で申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「すみません…私…が?ですか?」
ユキはそこをもう一度聞いた。
「そう、仲を取り持ってくれ、と何度言われた事か…。」
緒方は笑う。
「だけど森さんはそれどころじゃなかったから丁重にお断りしていたんだ。」
ユキはその言葉に安堵した。
「そうですか。おかげさまで勉強に没頭できました。」
ふたりはしばらく静かに話をしていた。
その様子を岡本が少し離れた所から見ていた。見た事のない男がユキと楽しそうに話している。岡本の嫉妬心が燃えていた。
「森さん、何を悩んでいるの?」
緒方がユキに聞いた。
「え?」
ユキがハッとした顔で緒方を見る。
「食事が一向に進まない。どうしたの?聞くよ?」
ユキはこの3か月の間ずっと悩んでいた事を話してみようと思った。
「緒方先生、私ね、進路を変えようと思うの。」
緒方はあれだけ医師になる事にこだわり続けたユキの告白に驚いた。
「何か…辛い事でもあったの?」(緒方)
「違うわ。」
ユキが首を振りながらつぶやく。ユキはキョロキョロと辺りを見渡した。話が聞けるほどの傍に誰もいない事を確認して緒方に話す決意をした。
「あの…看護士に転向しようと思うんです。」(ユキ)
「ほぅ…それはなぜ?」
ユキは緒方が少し驚いた表情を見せたがすぐににっこり笑った。
「森さんが…考えもなしにそんな事言う訳ないからね…。」
緒方はそう言ってユキをしっかり見て聞く。ユキはどう口火を切っていいか判らず小首を傾げながらこういった。
「私…あの、すぐに現場に出たくて…看護士が足りない、って聞いて…今なら
現場にすぐに出られる、って思ったから…戦艦に乗る看護士になろうと…。」
ユキがもじもじしながら答える。きっと反対されると思っているのだろう。
「そうか。少しでも早く現場に、か。そうだね、多分、現場に出る最短の選択だと
思うよ。だけどこれから先医師になるために勉強しようとするとそれもまた
大変だと思うし友達が医師として働いているのを平静な気持ちでみられるか、
いろいろ大変だと思うよ。」
緒方は静かにそう告げる。普通にしていればユキは高校1年生。これから進路を決める時期のはずだ。
「戦艦に乗りこむ、と言うとまた別の訓練があると思うから女性の森さんにとって
決して楽な選択じゃない。無理を課しているような気もするが…でも森さんなら…
いや、森さんしかできないことかもしれないね。」(緒方)
「私にしか?」(ユキ)
「普通は医師免許を取るだけでも大変だ。それなのに更に訓練を受けないといけない
戦艦の看護士になろうとしてる…私は森さんならできる、と信じてるよ。」
緒方はそう言ってユキの背中を押した。
作品名:yamatoへ… ユキバージョン 5 作家名:kei