yamatoへ… ユキバージョン 6
「看護士の仕事はその間休む事私から伝えてあるから。」
真田の手際の良さにただただ頷くだけのユキ。
「月曜日は早朝出発だ。ラボに5時に集合だな。」(真田)
「はい。」(ユキ)
「何か心配な事はないか?」(真田)
「全部心配です。」
ユキが困った顔で伝えた。
「大丈夫だ。私が付いている、と言っただろう?」
真田はそう言うとエスプレッソを飲みきった。
「心配ならシュミレーションしに行くか?」
真田が立ち上がるとユキは“はい”と返事をして一緒にラボを出て訓練学校のシュミレーションルームへ向かった。
「Gも辛くなさそうだな。」
ずっとトレーナーがついて筋トレをしていた。期間は短いがもともと女性にはめずらしく筋肉がバランスよく付いていたせいか無理なく操縦で来ていた。
「月面基地の艦載機のGは結構ヘビーらしいが森くんなら大丈夫だろう。」
ヘルメットを取りながらユキは真田の言葉を聞いていた。
「え…大丈夫でしょうか?」
少しユキが不安そうになる。
「戦うために乗る、となると急旋回の訓練もあるが森くんが取る資格は操縦する
資格だからね。その訓練も必要なしだが…一度やってみるか?」
シュミレーションだから、と付け加えて真田がプログラムを入力する。ユキは再びヘルメットをかぶりコクピットに収まった。
(うわっ…全然違う!)
ユキは急旋回の指示に素直に従う。
(コーヒー飲んだの大後悔だわ。)
真田はユキがそんな事を思っているなんて露にも思っていない。ユキのシュミレーションを見ながら心は月面基地に飛んでいた。ずっと自分のラボはあったが一度も使った事はなかった。近いようで遠い月…真田の心の中は複雑だった。姉の命を奪った月へ行く…幼い頃の事故で自らの手足も造りものになってしまった。だから今の自分があるのだが…ユキが来るまで自分が地球を出る、なんてことは全く考えていなかった。
(俺は…)
最初ユキを見た時自分の姉と被った。姉が亡くなった年と近い、と思ったのだ。年は高校1年生と聞いていた。姉は14歳で他界している…
(ほんの少しの時間なのに森くんといても姉を思い出さなくなっている?)
ふと真田はいつも姉の事を思い出す時の胸の奥の奥の黒いものが無くなっている事に気付いた。姉を思い出す時自分の最後の記憶は叫びながらカートから投げ出される姿だった。その姿を思い出す度、胸のうんと奥にある黒い物がどんどん広がるのを感じていたのに…。
真田は以前藤堂が月基地にラボを、と言った時の苦々しい顔を思い出した。
(藤堂さんは姉の事、知っていたのか?)
山村から藤堂に議長が変わった時真田は月基地のラボを提供された。
(いつまで地球が持つかわからない。早めにラボを用意した、と言っていた。
この事を見越して、と言う訳ではないだろうけど…)
真田は藤堂がユキを送り込んできた理由がわかった。だけどそれは真田の心の奥の闇を払しょくするもので決して悪い気はしなかった。むしろ真田自身、ユキと一緒だったら何でもできそうな気がしていた。
(人が人に与える影響でこれだけ変われるものだろうか?こんな短い期間で)
シュミレーションを必死にこなすユキの姿を見て真田がニヤっと笑う。
(期間じゃない、って彼女が教えてくれたな。きっと彼女がいれば箱舟の内も
外も案外うまく行くのかもしれない)
何か勝算があるわけではない…が、真田はユキの持つ人間性がそうさせるのだろうと思った。
「結構…キツイですね。急旋回って…。」
少しふらつくユキを真田が支える。
「座りなさい。」
真田はシュミレーションルームの控室のソファーにユキを座らせ横にならせた。
「気持ち悪い…。」
少し顔色の悪いユキに真田は“トイレに行くか?”と聞くがそれ程じゃなさそうなユキは首を横に振った。真田はソファーに横になるユキの背中をさする。しばらく横になりユキは喉の奥のえづきが収まるとそっと体を戻した。
「大丈夫か、まだ横になっていていいぞ?」
真田が冷たい水を用意してくれた。ユキは“すみません”と言いながら受け取ると少しだけ口に入れた。
「少しずつ飲むといい。」
真田はそう言うと控室を出た。
作品名:yamatoへ… ユキバージョン 6 作家名:kei