最近、妻が冷たいの4
「ふん…やつはもう俺のことなどすきじゃなくなっているのだよ。…おれが、素直にならなかったから…ぐすっ」
「お前怒るのか泣くのかどっちかにしろよな…忙しい奴め」
火神はもう一度ため息をつく。
酔っぱらいと話すには自分も酔うほかはない。一杯だけ飲んで、高尾に連絡をしなくては。
火神はよっこらせと、グズグズ言う緑間の隣に座る。甘いチューハイばかり買ってきたのはおそらく緑間の趣味なのだろう、自分の好きな缶を見つけてそれを手に取る。
プシュッという缶の口が開く音がして、甘い香りがかおった。
「…たかお。」
「泣くぐらいなら電話しろって」
「ばかめ、あいつは今頃くろこといっしょに居るのだよ…たぶん」
「わかんねーって。ほら、とりあえずメールでもいいから」
「…」
しばし むぅっと頬を膨らませていた緑間は、のろのろと携帯を持ち上げる。薄い橙色のケースに入ったスマートフォンをみて、こいつら仲良いなと改めて思う。きっと高尾のケースは薄緑色なのだろう。
ちびりちびりと酒を飲みながら、ぼぅっと部屋を見渡す。二人分の生活感のある部屋は、少しばかり火神にはうらやましい。…正直言えば、自分も黒子に好意を寄せている。ちょっとだけだが。なんだか黒子の押しの強さを見ていると、自分が想っている気持ちは彼の半分程なのでは…?と思ってしまい中々口には出せない。だから、素直に好きと相手に言える高尾を尊敬しているし、なんだかんだ言って彼を愛している緑間もまた尊敬しているのだ。
なのに、何故こうなったのだか…疑問しか生じない。
することもなくて、テレビのリモコンに手を伸ばす。別にいいだろ、と思って電源ボタンを押そうとしたときだった。突然隣からガタンッという音がしてびくりとする。
何事かと音のした方-緑間の居る方-を見ると、彼は先ほどまで紅潮していた頬を真っ青にして机に置かれた携帯を見ていた。
「…緑間?」
思わず声を掛けるが、彼はこちらをみない。見ない、というより気付いていないといった感じだ。
悪いとは思いつつ、そっと携帯の画面を盗み見る…と、そこには今の状況に信じられない程ダメージを食らわせる文面があった。
「今夜は黒子の家に泊まるね><ごめん真ちゃん!夕飯は大丈夫だょ☆」
高尾お前…。持っていた酒缶を取り落としそうになる。なぜ、このタイミングで、この文面。空気読め尾。普段のお前はどうしたフォロ尾。
「たかっ…うぅっ…」
今度こそ完全に打ち砕かれた希望は、緑間を人前で泣かせるくらいには鋭かったようで。
「…いや、あれだろ。黒子とたまたま話し込んじゃってっていうあれだろ。落ち着けって緑間」
フォローしきれないと思いつつ、一応緑間を慰める。
少しだけ、火神も傷ついてるのは、相手が黒子だったからだろうか。
なにやってるんだ黒子と高尾は。こんな傷心の緑間を放って、二人してどうしたのだ。
もうこれは電話するしかない。そう思って、火神は泣きじゃくる緑間の背をさすりながら携帯で黒子の電話帳を開く。
「おれっおれがっ…ちゃんとすきって…いわなかったから…っ!」
「そんなことねぇって。高尾はお前のこと好きだし、黒子だって…」
続く言葉を言おうとして、火神はふと思いとどまる。
黒子だってなんなのだろう、と思った。そうだ、今の緑間の立場と自分の立場は少しばかりにていると気づく。自分は、黒子に好きと言ったことがないではないか。なのに、自分は今なんて言おうとした?
-黒子だって、俺のことが好きなんだし。-
なんて過信、と思ってしまう。
そこにはもう昼間の自信満々な火神は居なくて、寒い部屋に二人の寂しい男がいるだけ。
途切れた火神の言葉に、緑間は「でもっ…」と再びしゃくりをあげた。
今はこいつらの関係の修復が最優先だろ、と自分に鞭をうつ。恥ずかしすぎる過信にはそっと蓋をして、火神は電話の発信ボタンを押した。
「ん?」
夕飯はカレーでいいですよね、と言って台所に行こうとした黒子に、高尾は自分が料理をすると言って聞かなかった。手伝いも大丈夫だから、これぐらいさせてと。そのため、今夜の夕食は高尾が作ることとなり、必然的にすることがなくなってしまった黒子はテレビを見ながらソファに腰をかけていた。
つまらない政治家の話を聞き流し、ぼぅっとしていた所、突然鳴り出した携帯。着信音からして黒子のものだ。…さらに言うなれば、これは火神からの電話である。
ナンテコッタ、愛しのマイスウィートハニー火神君からの着信だなんて。
大きな声で、「高尾君!!今から息を殺していてください!!!」と叫び、電話にでる。驚いて台所からリビングへ顔を覗かせた高尾を尻目に、黒子はいつもの声で「はいもしもし」と言った。
「あー…黒子?」
「はい、(君だけの影の)黒子ですよ。どうかしました?」
少しばかり歯切れの悪い火神に違和感を感じつつ、黒子は用件を聞く。
「その、今高尾と…一緒にいるんだよな?」
「…え?」
なぜばれた。解せぬ。
思わず間が開いてしまった。ちょっと待て、誰だ僕と高尾君が一緒にいるとか言った奴。緑間君しかいないわ。
「あ、やっぱり居るんだな」
なんてことはない、といった口調で火神はふんふんとうなずく。電話向こうで本当に頭を縦に振ってそうでかわいい。ってそうじゃない。
「え、というより何故そのことを火神君が?」
僕は緑間君にしか言ってませんけど、と言外に含ませながら聞く。
「あーそのことなんだけどよ。今、俺緑間家に居るんだわ」
今、俺緑間家に居るんだわ。
イマ、オレミドリマケニイルンダワ。
は?え?ちょ、待て。なにゆえ。何その急展開。緑間君の家になぜ、僕の天使がいるんだ。
理解しきれなかった黒子の脳はもはやショートしてしまい、そのまま固まってしまう。それを見ていた高尾は、どうしたのかと台所の火を止めて黒子に近寄った。
「おい、黒子どうしたんだよ?つか相手だれ?」
突然静まった電話向こうを気にしながら、火神が「どうした」と言う前に 「おい、黒子どうしたんだよ?つか相手だれ?」という高尾の声が聞こえた。
それはどうやら、泣きじゃくっていた緑間にも聞こえたようで。
先ほどまでの、のろのろとした動きとは打って変わって緑間は素早く火神の携帯を取り上げる。
そしてヘロヘロに酔った口調で、しかし叫ぶように「バカ尾!!貴様なんかもう知らん!!!」と怒鳴りつけた。そのまま通話を切ろうとするので、慌てて火神は携帯を取り返す。
「あー、高尾?俺、火神だけど」
「………なんで真ちゃんと一緒にいんの?どういうこと?死ぬの?」
wow! Irrational!
思わず英語が飛び出そうになる。ちょっと待ってくれ、何故そんなにも高尾は俺を殺しそうな勢いで問いつめてんだ。殺気が電話越しからすごいのだが。
このままでは明日の夜道は一人で歩けないと思い、火神は誤解を解くため口を開く。だが、それはまたもや携帯を奪い取った緑間によって阻止される。
「お前になんて関係ないのだよ!」
「真ちゃん?なにそれ、どういうこと?」
「おまっ…が、!黒子の家にっ…勝手に…っ!ぐすっ」
作品名:最近、妻が冷たいの4 作家名:ポリエステル44%