ネコミミライフ。
「うーん」
カイトは謎機能を発揮してしまったネコミミを眺めまわした。
インストールしたというソフトの不具合?
ネコミミには感覚があるみたいだし、触覚をを司るプログラムにに干渉してしまってるんだろうか。
「マスターには、言った?」
がくぽは首を横に振る。
不具合を報告しなきゃそれってモニターって言わないんじゃ…とは口にしないでおく。
「どう説明したら良いのか、拙者の語彙データには適切な言葉が見付からぬ。感覚がおかしいといっても痛みがあるわけでもなし、しばらくすると収まる故…」
まあ確かにこの状態は説明しづらいだろう。
それに、例えマスターでもがくぽのこんな姿を他の誰かが見るなんて考えるだけで嫌だから、自分的には結果オーライだ。
「バグ…なのかなあ」
だとすれば笑い話のようなとんでもないバグもあるものだ。
「ど、どちらにしろあと一日の我慢でござるから…カイト殿が気を揉まれる事はないでござる」
「あ、がくぽっ……」
今日はもう休むでござるよと言って立ち上がろうとしたがくぽの腕を、カイトは衝動的に掴んだ。
「カイト殿?」
「えと、もうちょっと、調べてみても…いい?」
普段だったらさすがにきっと、こんなあからさまで臆面のない嘘を言ったりしないと思う。だけどさっき見た表情に、頭の中がのぼせてた。
「ま、待たれよ…やめっ…」
焦るがくぽを無視してネコミミに触れた。
途端にゃっと無理矢理抱きしめられた猫みたいな変な声を出して、身体を強張らせるがくぽ。
「カイト殿ッ…ふざけるのは…」
でも押し返そうとする腕には既に力が入っていない。
カイトは怯えたように寝てしまったネコミミを優しく撫でながら、もう片方に口付ける。
「ふ、ぁ…だめ……あ…っ」
ネコミミは少しの刺激で身に付けている本人に、過剰な感覚情報を伝えてしまうようだ。これはがくぽが部屋に籠ってしまったのも無理ないかもしれないと、今の自分を棚に上げて頭の隅で考える。
ちゅ、ちゅと何度も口付けると、その度ネコミミとがくぽの身体が震えるのが、とても可愛らしかった。
「あ、もしかしてこっちも?」
ふと思って腕を腰にまわし、後ろの尻尾を軽く握ってみる。
「ん……っ」
がくぽの身体がびくりとはねる。
「やぁ…あっ…んっ…」
尻尾をゆるゆると扱くようにしてみると、がくぽはそうする事で与えられる刺激をやり過ごそうとするように、カイトに縋りついてきた。服越しに伝わる熱。
肩口に押し付けられたがくぽの頭を見ながら、カイトは自分自身の身体も熱くなっているのを意識する。
どうしよう……。
誓ってちょっとだけのつもりだったのに。
紡がれる声は甘過ぎて、正常な思考を溶かしていく。
ドキドキしながらそっと腕で押すと、力の抜けた身体は抵抗なくソファに倒される。さらさらとした長い髪が、流れて床に落ちた。
頬にキスを落とすと、は、と熱い吐息がカイトの耳を掠める。
羽織の内側に手を滑り込ませて、細い身体のラインを辿るように触れてみる。ネコミミの影響か分からないけれど、感覚が鋭敏になっているのかそれだけがくぽはでびくびくと反応を示す。
「ひぅ…もう……カ、」
ずっと前に熱暴走を起こしてしまった時みたい。頭がぼうっとしてくらくらしてる。
どうしよう。このまま。
「――――カイト殿ッ!!」
叫んだがくぽの声に、カイトはハッと我に返った。
「…やめて欲しいでござる」
泣いていた。
目じりに涙をためて、知らない人間を見るような不安げな表情が見上げている。
ああでも、それすら扇情的。
一瞬だけ理性と欲ががせめぎあう。
「あ…う…、あの、ごめん…」
カイトはがくぽの身体の上から、のろのろと身を退けた。
気まずすぎる沈黙が流れる。身を起したがくぽは、ぷいと顔を背けて完全に気機嫌を損ねている。名を呼んでも全く答えてくれない。
やばい、相当怒ってるみたいだ。
ごめん、ごめんねと顔面蒼白で何度も呼びかけて、やっと口だけ開いてくれた。
「何なんでござるか。嫌だと何度も申しておるのに、意地の悪い……カイト殿は拙者を嫌うておるのか」
「えっ、ち、ちが…ッ」
どうしてそんな方向に話が行くのとカイトは慌ててがくぽの手を取って、強引にこちらを向かせた。
「意地悪とかそんなつもりじゃないんだ!だから、こんな事するのは、つまり」
ぎゅっと握った手に力を込めた。
そうだ、今。ずっとずっと思っていた事を、今言おう。
「俺が、君を……」
すぐ後ろで、電話が鳴るのが聞こえた。
一世一代の告白の最中なのだ。当然カイトは無視する。
「す……」
好きだ、と唇が言葉を紡ぐまさにその瞬間に。
すっとがくぽは立ち上がり、あまりの自然な動作に呆然とするカイトの脇を通り抜け、電話に出た。
「が、がくぽ?」
「あ、主殿。…・はい、はい、そちらは?」
電話に出たがくぽは明るい声で楽しげに話している。普通に。
「こちらは何も問題ありませぬ。え?ああ、左様でござりまするか」
(な、“何も”ない…)
振り向いたがくぽがにっこりと笑う。
「カイト殿も主殿と話されるか?」
カイトの行動に怒ってるとかそんなんじゃない。これは完全に……素だ。
「いえ、いいです…」
(鈍すぎるにも程があるよぅ…)
気力を根こそぎ奪われてしまったカイトはよろよろと居間を後にした。
バグにかこつけてコトに及ぼうとしてしまった罪悪感と自己嫌悪。さらに最後のがくぽのスル―が完膚無きまでの追い打ちをかけ、次の日、今度はカイトの方が一日部屋に籠る事になったのだった。