君と僕と星の祈り
「さあ甲ちゃん、いざ勝負!」
籠いっぱいに入っているバスケットボールをひとつ掴み、勢いつけて甲太郎に投げつける。不意打ちを狙ったはずなのだが、それは容易く受け止められてしまった。つまらない。顔面狙ってやったのに。そう言ってやれば、アホかと返される。良いじゃないか、それぐらい。
「俺が勝ったら、昼飯は甲ちゃんのおごりでよろしく!」
「何で俺なんだよ」
「え。やっちーにたかれって? っつうか女の子にたかるとか最低じゃね?」
返されたボールを手でもてあそびながら、にまりと笑ってやる。相変わらず甲太郎は面倒くさそうにしているけど、俺の昼飯がかかっているのだ。ここで逃すわけには行かない。
「それ以前にお前、十分な金はあるだろうが」
「いや、あれはあれ。それはそれ」
大体、俺の収入なんてものは武器やクエストの仲介料で四分の一は消え去るのだ。周りのクラスメートには聞えないように、其処は少し濁しながら言ってやれば、呆れたように甲太郎は息を吐く。と言うか、あの遺跡に化人が多すぎだからいけないんだよな。銃弾はいっぱい使うし、状態異常になったら薬は必要だし。まあ刀とか秘宝とか、結構レアなものが手に入るからギブアンドテイクな気はしなくもないんだけど。
もう一度息を吐いて、甲太郎は一歩前に出た。どうやらやる気になってくれたらしい。ありがたい。
「やるからには手加減なんてしないからな」
「っは、されてたまりますかってーの」
にこり。笑って、もう一度ボールを投げつけた。結局これもさっきと同じことになってしまったが。
その後、先生にちょっとだけ無理を言って、俺と甲太郎の居るチームを対戦させてもらうことにした。チームの勝利は自身の勝利ってことにして、俺たちは昼飯を賭けた、なんともくだらない対戦を実現させる。
「ふはははは。見てろよ甲ちゃん! 俺の輝かんばかりの黄金シュートを! んで勝ったらマミーズで一番高いヤツ注文すっかんね!」
俺よりほんの少し高い身長。だが身長だけで勝負が決まると思うなクソヤロウ。ようは技術の問題であり、それが運であれ実力であれ、今まで一度も俺はゴールをはずしたことはない。開始の音がすぐ隣で鳴り響く。ジャンプボール。審判の手を離れたボールが、くるりくるりと回りながら空に上がった。落ち始めたボールを見計らって、それを取る――瞬間、目を疑った。
甲太郎の骨ばった手がそれを容易く奪い取り、そのまま地面に着地し投げる。まさか。スリーポイントシュートどころではない。この距離からでは、四点を一気に掻っ攫う。
「にゃろ……ッ」
腕を伸ばして、それをなんとか阻止する。だが時既に遅し。ボールはもう甲太郎の手を離れ、ゴール目掛けて飛び立っていた。
甲太郎のフォームはどの審査員が見ても満点を出さずにはいられないほどの綺麗さ。ボールさえも同じようにきれいに弧を描き、すぽり。収まってしまった。余計な動作なんてなにひとつないそれ。
辺りが、呆気に囚われた。これは予想外だ。審判が笛を吹き、確かにそれが決まったことを知らせる。
「いや。いやいやいや。何いまの。あれ反則だろ! 絶対いまの反則! 寧ろ反則になれ!」
何だよお前。やっぱりやれば出来る子なんじゃないか。アレか、普段面倒くさそうにしてるのは実は秘めた力を抑えているためなのか。それで誰かがピンチになったときにはスーパーヒーローになっちゃったりしちゃうのか。……ああ、伊達に《生徒会副会長》を背負ってるわけじゃないって?
「ははっ、上等」
口角がつりあがる。気だるそうにしている甲太郎に、舌打ちを一つくれてやった。
《宝探し屋》の底力、見せてやろうじゃないの。小さく呟いて、くっと踵に力を入れる。遊びは終わりだ。どんなボールだって、奪ってやろう。
「次は決めさせないからな甲ちゃん」
「どうだかな、九ちゃん」
不適に笑う姿が、妙にしっくりきてしまう。そしてまた笛が鳴る。思いっきり飛んで、手を、伸ばす。伸ばして、伸ばして。触れそうな所で、叩き落とした。鋭い音が無機質な体育館に響く。ボールは、地を跳ねた。すぐさま着地し、バウンドしながら転がるボールを追う。勿論、チームメイトも追っているけど。けど初回であんなものを見せ付けられて、俺が動かないわけにもいかないでしょう。
なんとか自チームに渡ったボールをパスしてもらい、コートを駆ける。一人避けてはまた一人。それはまるで、あの化人たちとの戦いと、ほんの少し似ていた気がした。
(アホか)
みんな、みんなにんげんである。それがわかりながらも、どうしてかゴーグル越しの視界と被る。
ドリブルする音が遠ざかる。手の感覚が、コンバットナイフを握っているかのような錯覚。やめろ。考えるな。嘲笑して、甲太郎よりも不恰好なフォームでシュートを決めた。笛が鳴る。チームが活気付く。
わらって、考えを誤魔化した。覚られるな。覚られたら、そこで終わりだ。
笑えてる。――ああ、まだ大丈夫。
身近な何処かで自問自答。表情を造ることにおいて俺の右に出る奴なんていやしない。そんな奴居るならみてみたいぐらいだ。
気付けば手のひらを握り締めていて、がんがんと頭の中で痛みが広がる。やばい。吐きそうだ。身体の中をリセットして、手を開く。爪の食い込んだ痕がこれぐらいどうってことない。だって俺は、まだ崩れるわけにはいかないのだから。
笛が鳴って、時間の許す限り試合はまた始まる。今度は踏み込みが甘かったのか、手は寸での所で掠るだけ。小さく舌打を零して、ボールを追う。
ぐにゃり。
そんな奇妙な音がした気がした。そう思った瞬間に、視界が、世界が、ゆがむ。
「九ちゃん!」
ぐらぐらと揺れる脳の中で、甲高い悲鳴のような彼女の声を聞いた。空耳かと思ったら、体育館のドアの所で青ざめた表情の彼女が立っていた。しかしそんな彼女の顔を見ていたのも束の間、上手い具合に体が安定せず、俺は情けないことに足元から崩れて行った。己の事だと言うのに何処か他人行儀な考えに、喉奥で笑みをかみ殺す。倒れた。そう理解したのは、珍しく心配そうな甲太郎の声でだった。