君と僕と星の祈り
「あーくそ疲れた。病み上がりにやるもんじゃないな、剣道は」
武道場の床に寝そべって、からんと落とした木刀を目の端に捕らえる。汗一つ流さない真里野は、少しだけ息を乱しながら俺を見下ろしていた。
つい二十分ほど前。回復した身体を鍛えようと訪れた武道場。丁度真里野が稽古をしていたので、そう言えば前に約束したっけ。手合わせしよう。と言う軽いノリで言ったらオッケーされてしまい、現状に至る。試合結果は残念なことに引き分けだったが。
「手加減をすべきだったか。すまない、九龍」
「いいよいいよ。つか手加減なんてされたら俺キレるし」
苦笑して、起き上がる。酷使した身体はすこし痛みを伴ったが、これぐらいならまだ大丈夫。フローリングの床に腰を落として、ぼうと真里野を眺めた。剣の似合う、武士の姿がそこにはある。
「剣はさ、重いよね」
唐突な言葉に動きを止めることなく、真里野は言葉だけで反応する。
剣は重い。それは重量の話ではなく、在り方の話。剣の振動は身体に直接わたる。身体に、刻み込む。(肉の感覚も血の色も、すべてすべてああすべて)反対に、銃は重量あるくせに扱いはとても容易く軽いものである。銃弾を詰めて、引き金を引くだけ。手にはその震えだけが残り、扱いなれれば何も感じない。
「だからこそ、お主は剣を選んだのだろう?」
木刀を振りかざし、真里野は言う。ああそうだとも。だからこそ、俺は銃よりもカタナを使う。重さも何もかも、覚えていられるように。
「なあ。俺は、お前を救えた? お前、救われて幸せ?」
点と残る記憶。断片的に俺に襲いかかるのは夢と現実。あの日の出来事が、何時までたっても過去のことに出来ない。
「お主が拙者を救っていなければ、拙者はいまこうしてお主の前に居ることはないだろう。それが、答えだ」
「うーん。真里野らしい答えで困るなぁ」
苦笑ともなんとも取れない笑顔を浮かべ、ごろんともう一度床に寝そべる。天井は高く、闇に包まれている。
守るために剣を握ったのに、結局は誰かを傷付けないと大切なものは守れないんだ、俺は。なんて弱いにんげん。巻かれた包帯のある場所を服の上から撫で、目を閉じる。
「誰かを守りたいなんて、ばかみたいだ」
そんな資格、俺にはもうないと云うのに。呟きは、闇の天井に溶けて行った。