君と僕と星の祈り
「おい」
声に、目を開く。見下されていると気付いて、半身を起こす。その視線の先。甲太郎が、立っていた。ぞわりと背筋におぞましさが這いずった。
「こ、たろ……」
はたしてこれは夢か現実か。真里野の姿は何処にもないが、此処は武道場だ。声は些か擦れている。俺が、その名前を呼ぶことを躊躇っている。
俺のすぐ隣に、甲太郎は腰を落とした。広がる沈黙が痛い。あのさ、声を出しかけて甲太郎の言葉に掻き消された。悪かった、と。
「なんで、」
なんで。なんでお前が謝るんだ。
「ちがうだろ。謝るのは俺だ。ごめん」
甲太郎がどの立場に居るのかを知っていて、知っていて俺はあの遺跡の解析をしていた。それを見ていたとき、一体甲太郎はどんな気持ちだったのだろう。苦しい? つらい? ――かなしい? この三ヶ月、親友だと言った。友達だと言った。それなのに、俺はためらいもしなかった。(お前を殺して、俺は生きていくつもりだった)
だからあの遺跡が崩壊した時、残ると言った甲太郎に何も言えなかった。何を言えと言うのだ。殺すつもりだった、にんげんにたいして。手を伸ばして名前を呼ぶことさえおこがましいのに、それだけはどうか許されろと願いながら。
ごめん。もう一度言う。甲太郎は何も言わなくなった。
グローブをした手のひらをみつめる。いまは血の色はない。けれど四日前、あの夜。カタナを握った手には確かに赤い痕がついていた。恐怖する。俺は、人殺しなのだと実感していく。
刹那にその手を取られた。驚いて目を見開き、甲太郎を見れば辛そうに顔をゆがめている。
「そんな顔、するなよ」
折角生きているのだ。もっと嬉しそうに笑えばいい。
「お前だって同じだろ」
泣きたい、気分だった。(どうしてこんなにもこいつはやさしいのだろうか)嗚咽がこぼれる。
「九ちゃん、」
名前を呼ばれる。(どうしてふつうに名前をよべるんだ)不意に、ああと気付いた。そうだ。この三ヶ月の間に救われたのは、ほんとうは俺のほうなのだ。悲しい哀しい愛しい。感情が逆流するように体内であばれている。ごめんなさい。ごめんなさい。俺は生きている。俺はこうして生きている。人を殺めてしまったのに、生きている。
「こんな俺を助けてくれてありがとう」
甲太郎が、珍しく感謝していた。ゆがんでいたはずの表情が、ゆっくりと時間のように元に戻る。ちがう。感謝をすべきなのは俺なのだ。こんな俺に、このひとたちは救いの手を伸ばしてくれていた。甲太郎の言葉が、脳をぐるりと巡る。俺は何もしてない。俺は何もしていないのに。
「おれは、なにもしてない……」
「お前は俺にひかりをくれた。自由と言うひかりを」
俺が持っているのは闇だけだ。自由を手に入れることが出来たのは、お前たち自身の力なのに。掴まれた手がじんじんと熱くなる。そのまま、ぐいと引っ張られ甲太郎の腕の中に落ちた。
「お前が生きてて良かった」
懺悔するかのように静かに。告白するようにうっそりと。甲太郎は、そう言った。それにまたしても泣きたくなってしまうから俺も末期だ。だって許された。生きていることを、許されてしまった。泣きたい。泣きそうだ。こんなにもうれしいことがあって本当にいいのかとカミサマに問いただしたい気持ちでいっぱいだ。甲太郎。幻想と現実でくりかえした名前を呼ぶ。今度は、きちんと答えてくれる。
「……あとで一発殴るからな」
それだけ言って、肩口に顔を埋める。情けない。《宝探し屋》がこんなことでどうする。頭の中でそんなちいさな警鐘を聞いたが、すべて聞き流した。大丈夫、またすぐに立ち上がれるから。だからどうか、今だけは。沈んだ太陽に告げるように、ゆっくりと瞼を落とした。