祭りの前
2.
クロウの興したブラック・バード・デリバリーには、毎日引っ切りなしに仕事が入って来る。
サテライトだった地域は復興で大わらわである。しかし依然として治安が不安定なために、シティの運送会社はあまりこちらに来たがらない。なのでサテライトの地理に詳しく、どこへでも躊躇いなく入れるクロウは、シティでは重宝がられる存在だった。
ビルの建築現場に書類を届けに行った帰り、クロウは廃墟になった公園に黒いD-ホイールを停めた。壊れて水も出なかった噴水は平らに伸され、ボロボロだった建物は一つ二つ崩されて白いパネルで囲われている。あと数年もしたら、見知ったこの場所も面影を失くしていくのだ。それはきっといいことなのだろうが、どこか寂しいものもある……。
「ん?」
未だ崩されていない建物の陰から、何やら話し声がする。クロウは建物の角にそっと近づき、耳をそばだてた。
そこにいたのは、六人組の男たち。誰も彼も顔面マーカーだらけのいかにもといった風体だ。
「……あいつら、最近ここいらで舐めた真似してくれるよな」
「長いこと俺たちを見捨ててたくせに、今になってこうしろああしろ、これはするなって。上から目線もいい加減にしろってーの」
彼らの傍らには人数分のD-ホイールが置かれている。以前はクロウや遊星等一握りの者しか持てずしかも非合法扱いだったD-ホイールは、交流の自由化に伴い日に日に台数を増していた。
「自分らだけ文明人ぶりやがって。サテライト育ちをバカにしてんのか」
「ちょうど明日はハロウィンだったな。この際だから、シティの奴らから金目のもんごっそり頂いてこうぜ」
話が不穏な方向に転がって行くに従って、クロウの眉間に皺が寄る。
クロウは、傍らに置いた自分のD-ホイールからデュエルディスクを取り外した。左腕に装着したそれを、男たちの方向に向けて作動させる。
遊星がディヴァインの悪事をミスティにバラしたマルチデュエル用の音声ネットワーク。それはクロウのディスクにも組み込まれている。ただし、この場での聞き手はミスティではなく、
「奴らが建てたご立派な橋から乗り込んで一暴れもしてやりゃ」
「流石の奴らも俺たちの強さを思い知るだろうさ」
――クロウの愛機、ブラック・バードである。
「ふん、貴様がドジを踏まずに録音できたとはな。雨が降れば子どもたちが悲しむぞ?」
「けっ、俺だってちゃんと成長してんだよ。どっかの元キングとは違ってな」
夕暮れ時のポッポタイム。
クロウがブラック・バードに保存して持ち帰って来た音声データは、遊星とジャックを前にして無事再生された。
再生し始めの頃はクロウがジャックの憎まれ口に憎まれ口で返す余裕もあった。だが、男たちのシティでの略奪計画が明らかになると、とてもそうは言っていられなくなる。
「冗談ではないぞ! このままだと明日のハロウィンどころか……」
「今までやってきたことが全てパァだ!」
音声データがぷつんと途切れた。
「……」
カッカする二人とは正反対に、遊星は音声を最後まで黙って聴いていた。そして二人の見守る中、彼はおもむろにパソコンの前まで行くと、ディスプレイに何かを表示した。それはシティ全域の地図とダイダロスブリッジ、それと先日建設を終えて開通待ちのデュエルレーンの路線図。
遊星は二人の方を振り返って言った。
「ジャック、クロウ。力を貸してくれ。奴らを何としてでも止めなければ」
彼の強い決意を込めた言葉に二人は、
「当然だ」
と異口同音に応えた。