弓道はるちゃんとその彼氏
県の弓道連盟主催の大会は終わった。
結局、岩鳶高校の女子チームは決勝まで勝ち進み、決勝戦で敗れた。
けれども準優勝である。
立派な成績だ。
それに、岩鳶高校の弓道部員たちにケンカを売るような発言をした女子生徒の高校とは決勝まえに対戦し、勝ったのだ。
凛を含めた鮫柄学園水泳部員たちは総合体育館を出たところにいた。
「弓道の試合は初めて見ましたけど、おもしろかったです」
「ああ」
その似鳥と御子柴のやりとりを聞いて、凛はかすかに笑った。
心の中で似鳥に同意していた。
「あ、岩鳶だ」
水泳部員のひとりが声をあげた。
凛はそちらのほうに眼をやる。
岩鳶高校の生徒たちがこちらに向かって歩いてきている。
もちろん、その中に、遙もいる。
自然に凛の足は動いていた。
遙のほうへ駆けていく。
「おおー、松岡が行った!」
「あの無愛想な松岡が!」
うしろから鮫柄学園水泳部員たちのはやしたてるような声も聞こえてきたが無視する。
遙は凛に気づいた。
自分のほうにやってくる凛を静かに見て、歩く足を止めた。
その遙の近くで、凛は立ち止まる。
遙のそばで、その顔を見て、自分の中にある気持ちが弾けた。
「Congratulations!」
そう告げつつ、身長差がそれなりにあるので上体を少し落とした。
遙の顔に自分の顔を寄せる。
頬にキスをした。
まわりから、なにやら声があがった。
だが、凛は気にせずに遙から少し離れる。
遙は無表情で固まっている。
「……これだから帰国子女は」
ボソッと遙が言った。
いつもの無表情で、いや、いつもよりも硬い表情を凛に向ける。
硬質な視線を射抜くように投げかけてくる。
そして、ふたたび口を開く。
「しばらく、おまえとは口をきかない」
強く重い声で宣言した。
「えっ!?」
どうして遙がそんなことを言い出したのかわからず、凛は戸惑う。
遙はさっと凛から離れ、岩鳶高校の生徒たちのほうへ行き、なにかを告げると、なぜか総合体育館のほうへもどっていった。
ぼうぜんとしていた凛はハッと我に返る。
「なんでだ!? オレ、なにも悪いことしてねーじゃねぇか!」
その凛の肩をポンと叩く者がいた。
「いや、おまえは悪いことをした」
御子柴である。
その顔を凛は見た。
御子柴は続ける。
「おもに、彼女のいない男たちに、な」
「見せつけやがってこのヤローですよ、凛先輩」
似鳥が凛の横に立って言う。
「それに、公衆の面前であんなことされたら、七瀬さんも困りますよ。ここは日本だってこと忘れないでくださいね……」
視線を落とし、似鳥はハァとため息をついた。
どうやら自分はやらかしてしまったようだ。
それを凛は悟った。
だから自分はしばらく遙に口をきいてもらないらしい。
ってか、しばらくっていつまでだ!?
凛は胸の中で絶叫した。
遙は総合体育館の廊下を早足で歩いていた。
岩鳶高校の弓道部員には、トイレに行くから先に帰ってほしいと言ってきた。
やがて、トイレに入る。
さらに個室に入った。
ドアを閉め、鍵をかける。
それから、ドアにもたれた。
うつむいて、立つ。
「……あのバカ」
本当は怒鳴りたいぐらいなのだが、状況的にそれは無理なので、小声で我慢した。
遙はドアに背中を預けたまま、床に尻が付かない程度に腰をおろす。
さっきのことが頭によみがえってくる。
綺麗な発音の英語で祝いの言葉を告げられ、頬にキスされた。
突然のことに、予想もしなかった行動に、自分は固まった。
そのあと。
必死で自制した。
その反動で凛にきつい言葉を発した。
そうしなければ。
だって。
キスは何回もしたことがある。もちろん、すべて相手は凛だ。
だから、動揺することじゃない。
でも、状況が状況だった。
正直。
くらくらした。
自分らしくない。
そんなところを見せたくないから、どうにか自制したのだ。ここまで表に出さないようにしてやってきたのだ。
相手が帰国子女であることをなめていたのかもしれない。
いや、海外留学するまえの凛のパーソナリティを考えれば、ああいう行動に出てもおかしくなかった。
帰国後の凛の雰囲気が海外留学まえとガラリと変わっていたので、油断していた。
そして、海外留学まえの凛も、雰囲気が変わった今の凛も、どちらの凛も自分は好きなのだ。
始末が悪いことに。
他校の女子生徒が売ってきたケンカを買ったうえで、団体戦の一番手をつとめても動じず、的を中てた。
それなのに、今、遙は動揺している。
遙の弱点なのだ、凛は。
それを凛は知らない。
教えてやる気はないけれど。
あのバカ。
そう心の中で言う。
だが、ふと、しばらく口をきかないと宣言したが、それに対して凛がどうするかが気になった。
このまま自然消滅、はないだろう。
動いてくるだろう。
今日ここに応援に来たように。さっき、遙を見つけて駆けてきたように。
そう思うと、楽しいような気がして、少し心に余裕が出てきた。
作品名:弓道はるちゃんとその彼氏 作家名:hujio