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La Campanella

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線香の煙が天へと細く長く昇っていく。
空は曇天。陽が落ちるのが早い冬であっても晴れていれば明るいはずの時刻であるのに、あたりは薄暗い。
ときおり、風が乱暴に吹いて木々の葉がざわざわと鳴った。
墓のまえに座って眼を閉じ合掌している桂を、銀時はその少し後方に立って見おろしていた。
桂は疲れているように見えた。以前とくらべて少し痩せたように感じる。テレビで見たときには気づかなかったことだが。
閣僚となった桂は同じく政府入りした陸奥とともに、様々な星の天人と交渉して地球との間に平等な条約を締結させた。それにより地球の政治は地球の者の手にもどることになった。しかし、それはたやすく成し遂げられるものではないのだから、桂が疲れ果てていたとしても無理のないことだ。
桂はこの国にとって非常に重要な人物である。その高い能力で国を良いほうへ動かすことを期待され、その期待にきっちり応えている。政治の場から姿を消すことはこの国にとって大きな損失となるだろう。
けれど。
けれど、それでも。
銀時は拳を強く握る。
そのとき、桂が眼を開けた。合わせていた手をおろすと立ちあがり、銀時のほうをふり返る。
「……行こうか」
そう告げた桂の静かな双眸が銀時をとらえる。
「……ああ」
銀時はうなづいた。
そして、どちらからともなく眼を逸らす。
手桶など持ち帰るものを手にして松陽の墓を離れた。
墓と墓の間の道を肩をならべて無言で歩く。自然に歩みはいつもよりもゆっくりとしたものになった。
墓場から出たところには黒塗りの車が止まっていて桂のもどりを待っているはずだ。
だから。
銀時は、一瞬、手桶を持つ手に力をこめた。
そして、立ち止まる。
すると桂も足を止め、道の先に向けられていた視線を銀時のほうに投げかけた。
「どうした」
「……うちは相変わらずで、仕事がねェときァとことんなくて、そーゆーときは金がねーからババァに家賃が払えなくなるし、食うもんにも困ったりする」
銀時がそう言うと、桂は眉根を寄せた。なにが言いたいのかわからないといったふうに。
むかしならば、これほどまで立場が違ってしまっていなかったころならば、もっとうまく切りだせただろうにと銀時は思う。
これは自分のわがままだ。
国の役にたっているかどうかわからない自分のわがままだ。
そんなことはちゃんとわかっている。
けれど。
国なんざクソくらえだ。
そう胸の内で吐き捨てる。
これ以上、桂の身をすり減らさせるわけにはいかない。
それは桂のためではなく自分のためだ。
だから、わがままなのだ。
わがままをゆるしてほしいとは思わない、だれにも、桂以外ではだれにも。
「これから先はちったァましになるだろうとか、そーゆーいい加減なことは言えねェ。今よりひどくなるかも知れねェしな」
じっと桂の眼を見る。
見返してくる桂の眼差しは厳しいほど真剣だ。
「桂」
ヅラではなく正式な名称のほうで呼びかけた。
心がきりきりと引き締まっていく。
言わなければならない。
どうしても。
「それでもうちに……」
「銀時」
うちに来てくれないか。
そう言うつもりであったのに、桂はその台詞を遮るように名を呼んだ。
邪魔をされて、一瞬、銀時は呆然とした。
桂は眼を逸らさないまま、ふたたび口を開く。
「真選組の残党がどうなるか知っているか」
話の流れとはまったく関係のないことを聞いてきた。
桂の真意は計りかねたが、銀時は答える。
「死刑だろ」
脳裏に近藤や土方や沖田の姿がよぎった。彼らは今、牢獄のなかで処刑されるのを待っている。
「そうだ」
桂は重々しくうなづいた。
そして。
「だが、俺はその刑を取り消そうと思っている」
そう告げた。
銀時は自分の耳を疑った。けれども、どう考えても聞き間違いではなかった。
「刑を取り消す? どうやって」
「俺の首と引き替えだ。といっても俺が代わりに処刑されるという意味ではなく、官職を辞して政界から身を退くということだがな」
つまり下野するということ。
それは願ってもないことである。
しかし、気になることがあった。
「そんなこたァ当の真選組のヤツらは望んでねェんじゃねーのか。恩赦を受けるぐれェなら潔く切腹するって言いだしかねねェぞ」
牢獄のなかにあって近藤たちは平静な態度を保ち続けているという。
覚悟しているのだろう。
だから、むしろ桂の温情で刑が執行されないのは不本意だと感じるのではないだろうか。
それは恥だと。
「説得するさ」
さらりと桂は言った。
銀時は眼を細める。
あの頑固者たちが簡単に説得されるとはとうてい思えない。
すると。
「刑を取り消されるのを嫌がるのは、自分たちにそれ相応の罪があると認めているからか。刑を受けずに世間に出れば皆から石を投げつけられて追われるようなことをしたのか。そうでないなら、正しきことをしたと思っているのなら、恥じるところが一片もないのであれば、堂々と胸を張って牢を出て町を歩けばいい。そう言ってやろうと思っている」
ふっと桂は表情をゆるめた。
「それでも聞き入れぬようなら、他の言葉を探すだけだ」
桂の意志は堅い。
説得されるほうが頑固者なら、説得するほうも頑固者だ。
果たしてどちらが根負けするのだろうか。
ふと銀時はお妙と神楽の顔を思い浮かべ、次いで近藤と沖田の顔を思い浮かべた。
彼女たちは彼らがもどってくることを望んでいるのだろうか。
もう彼女たちも覚悟してしまっているのかも知れないし、それでも一縷の望みを持っているのかも知れない。
どちらにせよ、真選組の者たちに折れてほしいと思った。
だが、それにしても。
「どうして、そこまでこだわってるんだ」
自分と真選組の者たちとの間には望んだわけではないが交流があった。けれど、桂と真選組の者たちは完全に敵同士だった。桂は仲間を幾人も真選組に捕らえられたし殺されもした。殺したいほど憎んでいてもおかしくはないのに。
「俺は」
桂は言う。
「ひとが死ぬのを見るのはもううんざりなんだ」
吐き捨てるように告げた。
そのとき、悲鳴を聞いた気がした。
桂の心の悲鳴を。
ああ、と銀時は思った。
その通りだ。
自分たちは見過ぎてしまった。
ひとが死ぬのを。
ふいに普段は封をしてある記憶の蓋が開き、頭のなかによみがえってくる。
坂本辰馬は幕府の者たちに数人がかりで暗殺された。
高杉晋助は病に倒れ、やがて亡くなった。
そして、志なかばにして戦場で死んだ仲間もいた。彼らの名を一人一人思い出すのは困難なぐらい数多く。けれどもただの数ではなく一人一人名があって温かな血が流れていた者たち。戦場へ出るまえは冗談を言い合って笑ったりしていたのが、無惨にも殺されて、いまわのきわに母を呼びあるいは愛しい者の名を呼んだ唇は乾ききり、絶望の表情を顔に貼りつけ、動かぬ冷たい骸になり果てて。
だれも本当は死にたくなんかなかっただろうに。
思い出すと、心が悲鳴をあげる。
もう見たくないと思った。
あんなふうにだれかが死ぬのを。
「……銀時」
ふたたび桂が名を呼んだ。
銀時は伏せていた眼をあげて桂を見る。
その銀時の視線を受けて、桂は唇を動かした。
「もうすぐ俺は職を失う。今住んでいる家からも出て行くことになるだろう」
落ち着いた声で淡々と話す。
作品名:La Campanella 作家名:hujio