魔王と妃と天界と・1
造られた街は主にラハールの部下やフロンの為に働く気満々な連中の為の居住区なのだが、たまにどこからかやってきた悪魔が勝手に住み着いたりもしていた。
それでもそこそこ平和に街を維持しているし、こうしてきちんと申請もしてくるのだから、それはそれで、と容認している訳だが…。
「最近多いですねぇ」
山積みになっている書類を眺めてフロン。
「……いつからいた?」
「つい今しがたです。ノックしたんですけど、気付かなかったみたいですね」
その手にはティーポットとバスケット。ラハールに紅茶とお菓子を届けに来たらしい。
「……そうか。すまんな」
「いいえ。お疲れ様です、ラハールさん」
にっこりと労わりの言葉と共に微笑まれ、妙に照れて曖昧に返事をしつつ、書類の内容へと話を戻す。
「まぁ、オレ様の下につくと明言している様なものだからな……それはそれで構わんのだが……多いな」
今のままだと住居が足りんな、と眉を寄せる。
労働力は主にプリニーだが、住宅を建てるならばやはりその分の材料費等、諸々の費用は掛かるのだ。
部下であれば城内に住み込みでも良いのだが、それも限りがあるし、一応の選別は必要だしで、解決には至らない。
再度溜息を吐くラハールに、
「そうですねぇ。自分で住む所を造っちゃうひともいますけど……」
言いながらこぽこぽとカップに紅茶を注いでいけば、柔らかい香りが部屋に広がる。
「取り敢えず、一休みして下さい」
どうぞ、と差し出せば、うむ、と頷いてラハールが一口啜る。
少し甘いと感じるが、こちらの疲れを癒す為のものなのだろう、と察して。
「……悪くないな」
「それは良かったです♪」
ふ、と表情を緩めてそう言えば、返ってくるのは嬉しそうな笑顔だ。
その顔が好きだと言えば、顔を真っ赤にして、それでもまた嬉しそうに笑うのだろう。………いや、言わないが。
(……昔であれば、こんな事を思う余裕も無かったか……)
初めてフロンが魔界に来た時。
なんだかんだで城で働く事になり、その際にあったあれやこれや。
その時にもお茶を煎れてもらった事があったが、あの頃の自分は……。
(……昔は昔、今は今だ!!)
回想を打ち切り、色々と不甲斐無かった過去の自分を振り切る様に、ラハールはカップに残る紅茶をぐっ、と飲み干した。
「……アレも来るとは聞いていなかったぞ?」
「申し訳ない。……けれど、直に見て感じなければ、いつまでもあのままだと思ったのでね」
魔王城の謁見の間にて。
王座に座るラハールと、魔界訪問に来たラミントンが会話していた。
その内容は、ラミントンの連れてきた某天使長の事である。
「………エトナ辺りに殺られても知らんぞ」
「それはそれで仕方ないね」
「うわこいつこええ」
「冗談だよ」
常時浮かべている穏やかな微笑は、こういう時本気で胡散臭いな、と思いつつ。
「……まぁいい。だが、流石にオレ様の魔界で下らん真似をする様なら、許さんぞ」
「その時は私が責任を持って処理をするよ」
「いちいち言い方が怖いなオイ」
軽口を交えながら、両者共に早々と各自の報告と情報交換とを終え。
「さて…では、あいつらの様子を見に行くか」
「そうだね。……ブルカノが暴走していなければいいのだけれど」
「それでエトナが殺っていたら隠蔽だな」
「天界と魔界の友好関係に嫌気が差して家出して行方不明ですねわかります」
「うわーこのだいてんしくろーい」
「はははなんのことやらー」
棒読み気味でそんな事を言い合いつつ、二人は足早に歩を進めた。
「エトナさんに謝って下さい」
「ふん!!何故この私が悪魔などに!!」
「フロンちゃんに免じてグサッは勘弁してやってんのに態度デカイわねー、このオッサン」
対面するのはこれが初だが、話そのものはラハールやフロンから聞いているし、姿もバイアスから映像記録を見せられて知っていた。
元々良い印象など持ってはいなかったが、実物を目の前にして、より一層悪い印象を受けた。
開口一番にいきなり罵倒されたのだから当然である。
やれ邪悪だの、やれ汚らわしいだの、やれまな板だの…。特に最後のは逆鱗に触れた。というか普通に失礼である。
「このブルカノ様が、貴様の様な汚らわしい悪魔に、しかもちっぱい小娘などにやられるものか!!」
「よーしぶち殺すっ」
エトナが笑顔で宣言した。いつの間にか手には槍が握られている。
ノリは軽いがどう見ても本気なエトナの物騒な笑みと鈍い光を放つ武器とに、慌ててフロンが間に入る。
「エトナさん落ち着いて下さいっ!!ブルカノ様も今のは酷すぎます!!セクハラです!!」
「悪魔などに遠慮も容赦も無用!!」
「うっさいわよこの極悪面のヒゲ面野郎!!」
「何だと!!」
「何よ!!事実を述べてやっただけじゃん!!少しは自覚したらぁ~?」
「おのれこの悪魔め!!」
「悪魔だから何だってーのよ!!それしか言えないわけ?ダッセー天使様ね~?」
「ぐぬぬ……!!この小娘がぁぁ……!!」
「お二人ともやめてください~」
険悪ではあるがどこか子供の口喧嘩の様にも見える遣り取りに困り果て、情けない声を上げるフロン。
何だか教会の子供達を思い出すのはどうしてかしら…などと内心で呟きつつ、溜息を吐く。
だが、
「やはり魔界など、存在自体赦されざる邪悪!!そこに住まう貴様等などが天界と交流を持とうなど、思い上がりも甚だしいわ!!」
「えい」
「ぐはぁっ!?」
怒りと興奮に顔を真っ赤にして吠えるブルカノの台詞に、思わず身体が動いていた。
感情のこもらない掛け声と共に、自身の杖での攻撃。威力はそう無いが、脇腹を不意打ちで突かれた為に悲鳴を上げつつ仰け反るブルカノ。
「き、貴様っ!!何をす……」
「訂正して下さい」
「な、なん」
「存在自体、赦されないなんて……勢いで出た言葉だとしても、わたしは許容できません」
冷たさを感じる程に真剣な顔で、真っ直ぐに自分を見据え、そう言うフロンにブルカノは気圧され、呻く。
しかしそんな自身を認めず、そして振り払う様に再び吠えた。
「貴様の様な堕天使が何を言おうが、それが天使達の総意だ!!覆る事の無い、絶対の真実なのだ!!」
「そんな事はありません!!」
フロンも負けじと叫ぶ。
「悪魔など、魔界ごと滅ぶべきだ!!悪しき者共め!!」
「なんてこと言うんですか!!それが天使の言葉ですか!?」
そのまま睨み合いになり、膠着状態に陥った。
「……フロンちゃんのマジ切れに持ってかれたわねー」
エトナがその光景に気が抜けた様に息を吐き、槍をしまう。
と、
「………オレ様の嫁に何してやがる、クソ天使。死に方のリクエストくらいは聞いてやらん事もないぞ。言え」
「………ブルカノ。そのヒゲ毟り取ってあげますからこっち向きやがりなさい」
「ひい!?」
「ラハールさん!!大天使様!!」
(嫁バカと親バカがキタ!!)
エトナが内心でそう叫ぶ程度にはぶち切れ状態のラハールとラミントンが、物騒な笑顔でこれまた物騒な台詞を吐き、ブルカノを固まらせつつ到着した。
「ブルカノ。私達は天界の代表として、この場に来ているのですよ。自重なさい」
作品名:魔王と妃と天界と・1 作家名:柳野 雫