こらぼでほすと 花見1
さて、どうやったら泣き止むかな、と、考えていたら、リジェネがラクスに抱きついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ラクス。僕がいけなかったんだっっ。僕、ママに・・・あっちこっち連れて行ってもらったから・・・それでウイルスに感染しちゃったんだ。・・・・僕も、ママを燃やすなんてイヤだよっっ。そんなこと、言わないでっっ。」
で、こちらもワンワン泣いている。あー二匹の子犬を宥めるのか、と、やれやれと苦笑する。ラクスが怒っているのは、多少、八つ当たりもあるのだ。だから、黙って聞いてやるのが、いつものことだが、これに、さらに、精神不安定になったリジェネまで加わると、本当に、やれやれだ。二人を抱えるように抱き締めて、「ごめんごめん。」 と、繰り返す。泣き止むまでは、これしかない。
「おまえさん、俺が死ぬのは断固阻止するんだろ? なんとかしてくれると信じてるよ? ラクス。」
「・・・信じるより、少しは自重してくださいっっ。」
「うん、そうだな。・・・会議、大変だったのか? 」
「・・・・疲れました。とても。」
今、三大大国関係の会議には出席していないが、逢わないということはない。何があったか、何をやったのか、三大大国は知っているが、それは黙して、歌姫様に、いろいろとちょっかいはかけてくる。それが、酷くて、その騒ぎからガードしてくれていたメイリンも一時、ダウンするほどだったのだ。そこへ、ママのダウンの知らせが届いたので、余計に神経に堪えた。なんとか会議はやり過ごしてきたものの、もうヘトヘトで暴れたい気分だった。とはいうものの、それについて愚痴るわけにはいかないから、直接攻撃に出ている。歌姫様のママは、そのことを何一つ知らないし、知られてはいけないからだ。
「ごめんな? 俺が悪かった。もっと、怒鳴ってもいいぞ? なんなら、ハリセンで叩いてみるか? あれ、結構、いいストレス解消になる。・・・・作ろうか? ハリセン。」
で、歌姫様のおかんという人は、半分八つ当たりだと解っていても、受け止めてくれるから性質が悪い。ついつい、甘えて暴れてしまうのだ。ポカポカと胸の辺りを叩いても、笑っているらしく身体が震えているし、同じようにリジェネの頭も撫でて宥めている。
「リジェネ、おまえが悪いことは何一つないんだ。俺が油断しただけだ。もう謝るな。そう言っただろ? ・・・そうだ。おまえさん、腹減ってるから泣くんだよ。ラクスが、ご飯を作ったらしいから、それ食おう。な? リジェネ。もう、なんともないからな。・・・・ラクス、悪いんだけど、ハリセン作りは後にして、メシ食わせてくれないか? リジェネが腹ペコなんだ。」
どちらも宥めて、泣き声が聞こえなくなった。やれやれ、と、気を抜いたら咳が出る。あんまり長時間、喋るなんてなかったから喉が乾燥するらしい。ゲフゲフと噎せたら、途端に子犬たちは離れて、片方は親猫の背中を擦るし、片方は水を運んで来る。
ペットボトルを受け取って水を一口含むと、咳は収まる。大きく息を吐いて顔を上げたら、子犬が二匹、心配そうに眼の前で立っていた。それが可愛くて、ニールは微笑む。さっきまでの勢いは、どうしたよ? と、軽口の一つも出てくる。
「ママが悪いんですっっ。」
「・・・うん、ごめんな。なあ、ラクス。とりあえず、メシ食わせてくれないか? 俺も朝から絶食でさ。」
「はいっっ? ・・・まあ、それは・・・ごめんなさい。もう用意は出来てますから。」
実際、ニールは空腹を感じていないが、そう言っておけば、歌姫様も案内してくれる。さあ、と、リジェネの手を引いて、ニールの腕も掴んでいる。
「おまえさん、顔を洗えよ? 」
「ママもパックしてさしあげますわ。肌がボロボロです。・・・私のママは美人なのに手入れも何もなさらないから、そんなことになるんですよ? 」
「はいはい、ごめん。」
涙でグチョグチョの顔をして、歌姫様はプライベートなほうのダイニングへ案内している。まあ、ここだと人に逢うこともないから、問題はないが、ものすごい顔ではあるのだ。これを見られるのは、ほぼ、歌姫様のおかんであるニールだけなのだが、当人は、そんなこと、ちっとも考えていなかったりする。
プライベートエリアのダイニングは、こじんまりとしたものだ。そちらに食卓もあって、食事が用意されている。パンも焼きました、と、歌姫様がおっしゃるので、ニールは、本当に疲れたんだな、と、それで察する。パン作りは、ある意味、歌姫様のストレス発散になっているからだ。ボカボカとパンのタネをこねて叩いて、存分にストレスをぶつけられる代物だから、それでストレスの度合いがわかる。それほどとなると、かなりストレスフルだったらしい。
「いつ、帰って来たんだ? 」
「昨晩です。寝る前に、パンの生地を作って朝から焼きました。」
「忙しいのか? 」
「それほど忙しいわけではありません。さあ、そのムカつく話はやめてくださいな? シチューは温めにしておきましたよ、ママ。」
歌手活動と社会福祉関係だけに限定しているから、それほど過密スケジュールではない。今回の福祉関係の会議に出てきたのが、曲者たちだっただけだ。
「刹那が明後日に降りて来るようですよ? 」
「うん、そう聞いてるよ。」
「それで、私は明日、出立なのですが。」
「うん、気をつけてな。」
「それだけですか? 」
「え? 」
「私だけスキンシップが足りていません。それについては? 」
「はあ? ・・・・おまえ、また・・・」
「今更、何か? 」
「・・・あのさ、ラクス。常々、俺は言ってると思うんだけどさ。年頃の娘が、こんなおっさんと一緒に寝るとかダメだろ? 」
「ママと一緒に寝て、何がダメなんですか? だいたい、ママは、そうおっしゃいますが、本来でしたら、私が貞操の危機を感じて止めるものだと思います。そんなもの、今まで感じたことはありませんが? 」
「そりゃないだろう。俺、おまえのパジャマ姿なんて、見慣れてるからな。それに、襲うほどの気力がねぇーんだよ。でも、ダメなものはダメだ。」
「意味が解りません。・・・今日一日は一緒に、グータラしてくださ
い。」
「それはいいけどな。同衾すんのは勘弁してくれ。」
「イヤです。それが主目的です。リジェネやフェルトは抱き枕にしているのに、私だけしてくださらないのは不公平です。」
「・・・あれは・・・」
そこをツッコまれると、ニールも反論が難しい。うっかり、傍に居ると抱き込んでしまうらしいのだ。生きている湯たんぽぐらいの感覚なので、ニールも無意識のことだ。
「うん、あれはいいよね? 僕、あれ、大好きなんだ。温かくてさ、ママの心臓の音とか聞いてると安心する。」
で、ここんところ、専属抱き枕と化していたリジェネが、うんうんと頷いている。リジェネは、適当に寝返りするから朝まで、そのまんまということはないのだが、それでも寝る瞬間まで温かいし、ほっと気が抜けて寝られる。
なぜ、ここで、それを言う、と、ニールは大きく息を吐く。リジェネの場合は、ショックで精神的に不安定になったから、兎に角、体温を感じさせてやりたかったからの処置だ。それにリジェネは男性体だから、多少、肌が触れ合っても問題がない。
作品名:こらぼでほすと 花見1 作家名:篠義