こらぼでほすと 花見2
世界放浪をしていた頃は、かなり汚れて風呂も入ってない状態だったが、さすがに、プラントからなら多少、体裁は取り繕ってるだろう、と、ニールも思う。ミッションの加減で、どうなっているかはわからないものの、さすがに着替えはしているだろう、と、ニールも考えていた。
ガラガラガラガラ
玄関の開く音がして、ニールは立ち上がった。小一時間と言われていたが、少し早かった。廊下に出て、明かりをつけけて絶句した。
そこにいた黒猫は、草臥れているとか汚いとか想像していたのとは明らかに違っていた。朱色と緑のタータンチェックの暖かそうなブレザーに、中にはオフホワイトのセーター、そしてパンツは濃い緑だ。すっきりして、どこのセレブな青年? というような格好だった。
「ただいま。」
「・・・あ・・・うっうん・・・おかえり? 」
「なんだ? 」
刹那のおかんは、びっくりしているのか、言葉が出てこないらしい。なぜ、びっくりしているのか、刹那にもわからないから、そのまま上がり框に足を乗せる。
「ニール、どうかしたのか? 」
ぎゅっと抱きついたら、ちゃんと背中に手は回された。
「・・・あーいや、その格好・・・」
「ロックオンが、俺の誕生日祝いに用意してくれた。おかしいか?」
あーあーあーと、それでニールも納得した。配色センスとか季節とか、そんなものは一切スルーの刹那が、小洒落た格好をしていたのは、刹那の嫁のセンスだったのだ。
「いや、垢抜けてて格好良いから、びっくりしたんだ。」
「そうか、ロックオンも喜ぶ。」
配色センスとかスルーなのは、刹那の嫁も理解しているので、中のセーターとシャツを二種類用意して、適当に着替えられるようにしてくれたとのことだ。さすが、元ビジネスマンはセンスがいいらしい。刹那の年齢に対応しているカジュアルな服装だ。
「そうか、ロックオンのセンスか。やっぱり、オシャレな感じになるんだなあ。・・・・腹は? 」
「減ってる。何か食わせてくれ。」
「定番の準備をしてる。じゃあ、先にメシ食いな。」
「ああ。」
ぎゅうぎゅうと抱き合ってから、廊下を進む。居間には、いつものメンバーが待っていて、大騒ぎで迎えられた。もちろん、悟空も刹那の衣装には、びっくりだ。大抵、刹那は単色のものを着ているからだ。
「たぶん、アイルランドカラーと刹那の目の色と合わせてあるんだよ、悟空。こういうのもいいなあ。」
ロックオンは、ナショナルカラーを混ぜ込んだ色合いにしているらしい。当たり障りの少ない格好をさせているニールとは、そこいらが完全に違う。オシャレをさせるにしても、自分の主張も入っている。
「あーロックオンのセンスなのか。どうりで、違うと思った。」
「ニールの選んだのばかり着ていたかららしい。」
「女房らしいこともするんだな。いいぜ? 刹那。」
「そうか。」
ブレザーを脱いで刹那もこたつに入る。刹那には興味がないことだが、女房のセンスを誉めてもらっているので、それはそれで嬉しい。
ニールが台所で準備を始めると、悟空が刹那に顔を寄せた。
「明日ってか、今日だけど、楽しんで来いよ? ママ、ずっと楽しみにしてたんだ。」
サプライズの予定だから、ギリギリまでニールには報せるな、と、アスランからも注意が入っている。こくこくと刹那が頷いて頬を緩める。悟空は明日、学校だから刹那とは顔を合わせない。だから、ここで挨拶している。
「日曜に、境内の花見するからな。」
「ああ。」
「後の予定は? 」
「二週間滞在予定だが、これといって予定はない。おかんとのんびりするつもりだ。」
「気候がいいから、適当にママと出かけろよ。」
「そうだな。・・・・悟空、それなら虎に逢いたいんだが。」
「わかった。来週ぐらいに出かけよう。アスランに手配してくれるように頼んどく。あいつらも喜ぶ。」
あれから三年近く経っているが、刹那は、また逢いに来ると約束していた。きっと覚えてくれているだろう。
翌日、朝から、いつも通りの家事をこなして、こっそりスポンジも焼いておいた。今夜は、それでささやかなお祝いをするつもりだ。午後の食事を食べていたら、坊主が、これから外出して、そのまま店に出る、と、言い置いた。
「珍しい。」
「ちょっと野暮用でな。悟空も、店に直行だから、何もしなくていいぞ。」
「わかりました。」
もちろん、ハイネも出勤しているので、寺は午後から親子猫だけになった。黒猫は容赦なく、親猫を昼寝させるために脇部屋に引き摺った。
「ちょっ、ちょっと、刹那。まだ、片づけが・・・」
「あんたが寝たら、俺がやっておく。クスリを飲め。」
「いや、それ、飲んだらさ。」
「速やかに寝ろ。俺は二週間、あんたの傍から離れない。」
熱烈な口説き台詞のようだが、親子猫には、そう聞こえない。極端に語彙の少ない黒猫だから、こうなるだけで、別に親猫に愛を語っているわけではないからだ。
一度くらい桜の花を見せたいと思っていたのに、思うように日にちが合わなくて、ようやく一緒に見上げたのは、五年もしてからだった。寺の境内の桜が満開になる頃に降りてきて欲しいと頼んだら、どうにかギリギリで間に合った。あちらも再々始動に向けて忙しいはずだが、以前から頼んでいたから予定をこじ開けてくれたらしい。昼寝から目を覚ましたら、ちゃんと黒猫は布団の傍に転がってテレビを見ていた。せっかくだから、と、本堂の前に出て、その階段に親子猫で座り込んだ。眼の前には、桜の木だ。はらはらと風と共に花びらが舞っている。それを眺める横に居る黒猫を、そっと眺めて親猫は苦笑した。
「ロックオンにタバコを頼まれた。ミレイナは特区のスイーツだそうだ。」
刹那のスケジュールを空けるために協力してくれたメンバーからのリクエストを苦笑しつつ教えてくれた。
「いい加減やめられないもんかねぇー。」
「そう言ってやるな、あいつも忙しくてストレスが溜まってるんだ。」
ふたりして、本堂の前から境内の桜を眺めている。今年は咲くのが早かったので、そろそろ散り際だ。風が吹けば、ハラハラと薄桃色の花びらが散っていく。綺麗だが、少し物悲しい気分にもなる光景だ。
「いくつになった? 」
「22だったか・・・・年齢なんて考えたこともない。」
「まあ、そうだろうなあ。俺も忘れてる。」
「あんたは、今年で30だったはずだ。」
きっぱりと、人の年齢は言い当てて、刹那はぼんやりと桜の木を眺めている。今日が誕生日だが、店のほうが立て込んでいるから、お祝いは日曜にやることになった。夕暮れが近づくと、桜にオレンジ色が加わり、また色彩を変える。はらはらと散って行く桜は、風に乗って本堂のほうまで漂ってきた。
「おめでとう、刹那。欲しいモノはないか? 」
「そうだな、あんたとデートしてもらおう。これからすぐに。」
「デート? それは、ライルとやればいいだろ? 」
「ロックオンとは、もうやった。この間、潜入ミッションを、ひとつこなしたからな。」
「それ・・・・デートじゃないと思うんだけど? 」
「あいつは喜んでいたぞ? 新婚旅行のカップルという設定だったからな。だから、あんたともデートだ。車は借りてきた。前は北へ行ったから、今度は西だ。」
作品名:こらぼでほすと 花見2 作家名:篠義