こらぼでほすと 花見3
「いや、全然わかんなかったんだよ。風邪なんてウイルスだしさ。・・・あ、そういや、おまえは大丈夫か? 」
「俺は問題はない。」
「なあ、刹那、小一時間ってことは、どっか寄り道してもいいんだよな? 」
「寄り道? そういうのは明日にしろ。今夜は、直行だ。」
すでに時間は、六時を過ぎている。移動に一時間かかるのだから、さっさと宿泊場所に入って、ゆっくりするほうがいい。アスランからの指示でも、そう書かれていた。
「だって、ホテルに入るだけだろ? 」
「いや、旅館なんで食事と温泉もあるらしいぞ。」
「でも、おやつとかさ。そういうの欲しくないか? 」
夜中に、ちょっと小腹が空いた時とかさ、と、おかんが言うので、それなら一般道に下りたら、コンビニに立ち寄ればいいだろうと、刹那も頷く。育ち盛り食べ盛りの刹那も夜食は欲しいところだ。
「あとさ、風呂上りにツマミもいるよな? 」
「あんた、飲んでも良いのか? 」
「ちょっとぐらい解禁させろよ。おまえの誕生日を祝うんだからさ。今夜は、気にせず飲めるから付き合え。」
いつもなら後片付けがあるから、酔っ払うわけにはいかないし、体調の問題もあって、ほとんど飲んでいなかった。刹那も、そういえば、そうか、と、気付く。体調が思わしくなくて、それまで飲んでも一杯か二杯で寝ていたからだ。とはいうものの、酒には弱くなっているだろうから、刹那には付き合いきれないに違いない。それでも向かい合って飲む時間は貴重で、刹那には何よりの贈り物だ。
「ケーキ、作ってあったんだけど。」
「帰ったら食うから大丈夫だ。」
「今日、食べさせたかったのになあ。」
誕生日というものを自分のおかんは大切にする。この時間に生まれてきて出会った事が、大切だと思っているからだ。確かに、そうだと刹那も思う。この時間に生まれたから、こんなお節介なおかんが助手席に座っているのだ。
ちょっと寄り道はしたものの、クルマが勝手に辿り着いたのは、かなり古めかしい旅館だった。なんか場違いだなあ、と、ニールは自分の服装を見回す。適当なホテルだろうと考えていたから、デニムのパンツにダウンジャケットを引っ掛けただけだ。もちろん、刹那もカジュアルな格好だ。だが、相手は、そんなことは気付かないフリで、部屋に案内してくれた。離れの部屋で、かなり広い。何間もあって、ベッドルームもある。さらに、風呂と露天風呂もついているという説明に、ニールは、あんぐり口を開けた。高級すぎて、ちょっと怖い。
「これ、一体・・・いくらなんだ? 」
「支払いは、『吉祥富貴』持ちだそうだ。俺へのプレゼントということらしい。」
「え? そうなのか? 」
「そう聞いている。とりあえず、風呂に入ろう。すぐに食事が運ばれるって言ったからな。」
時間も時間だから、風呂に入っている間に、食事は離れの一室に用意すると説明された。浴衣ではなく、作務衣を用意してくれているところが、心憎い演出だ。ニールも浴衣は着られるが、肌蹴ずに着ていられるほど上手には着こなせない。刹那に至っては、着せるのも難しい。そこいらも考えているのは、さすがに一流なんだなあ、と、感心する。
「ニール、まずは風呂だ。」
ぼんやり、そこいらを考えていたら、いきなりセーターを脱がされる。こらこら、と、慌てていたら、ベルトも外される。気が短いというか、なんというかだが、別にニールは慌てない。はいはい、と、刹那のセーターを脱がせて、こちらも立ちあがる。風呂上りの作務衣を脱衣所に準備して、露天風呂への扉を開いたら、絶句した。
そこには、風呂にしなだれかかる様に桜が咲いていたからだ。やはり、こちらも散り頃ではあるらしく、風呂の湯船に桜の花びらが、たくさん浮かんでいる。
・・・・桜を見せたいって言ったからか・・・・・
「見事な桜だな。寺の桜もキレイだったが、ここのもキレイだ。」
「・・・うん・・・すごいな、これ。」
情緒なんてものを理解しない黒猫でも、このキレイさには感動するらしい。だが、そこで裸で立っていると風が寒い。かかり湯をして、さっさと湯船に飛び込んだ。
寺の桜と違い、ここのは桜は枝が長く、風で枝が揺れる。その度に、花がはらはらと舞い落ちてくる。これが自慢の風呂なのだろう。わざわざ、こんなところを探してくれたアスランに内心で感謝した。
「おまえが生まれたところにはないんだろうけど、特区では、おまえの生まれを祝う花だ。・・・・ずっと、これを見せたかったんだ。」
「・・ああ・・・ようやく、あんたとの未来をひとつ消化した。次は、虎と逢う。」
「未来? 」
「そうだ。俺の戦いのない未来は、あんたと何かをすることだ。この先、あんたとやろうと思うことが、俺の戦わない未来になる。」
再始動が終わって、刹那が思い描いていた未来は、親猫と桜を見ることだ。そこからまた、先へと自分の人生は繋がっていく。
「アザディスタンのお姫様に挨拶には行ったのか? 」
「・・・・行かない。」
「いや、行って来い。あちらさんも気にしてくれてるはずだ。フリーダムかストライクなら隠蔽皮膜を使えるから、忍んで行けるだろ? 生きてることだけは報せてやるほうがいい。」
刹那が遺書めいたものをアザディスタンのお姫様に渡したことは聞いている。もちろん、再始動の時に、刹那が生きていることは理解してくれただろうが、実際に姿も見せてやったほうがいい。刹那とは、まったく違う生き方をしているお姫様だが、彼女も彼女なりに戦っている。刹那にとっては、同時代を生きている同士のようなものだと、ニールは思う。お姫様と話すことで、刹那の戦わない未来へのビジョンも広がるかもしれない。
「今回は、あんたとのんびりする。」
「それはそうなんだけどさ、刹那。彼女も、おまえさんの無事な姿を見たら嬉しいと思うぜ? ・・・・今、彼女が、どんなことを考えているのか、それを話してもらえ。そして、おまえが今後、どうするつもりなのかも話したらいい。そういうの大事だと思う。」
もう、ニールには同じように戦うことはできない。今現在も自分の考えで、刹那と同じように未来を模索している彼女は、刹那の考える未来も理解してくれるだろう。まったく違う戦い方をしている人間と話すことは大切だとニールも考えるようになった。それも刹那には必要なことだ。これから、刹那は、さらなる再々始動に立ち向かうことになるだろう。その時の考え方の参考になるものが、たくさんあればいい。自分たち、『吉祥富貴』の人間は、武力による戦いを否定しているわけではない。ただ、限定して戦っている。それは十分に、キラたちから吸収しただろう。他の考え方も知るのは、今後に必要だと思うからだ。
「今更だと思うが? 」
「まあ、そう言うなよ。世界放浪で経験したことは役に立っただろ? それと同じようなもんだ。二週間あるんなら、ちょいと行って来い。一週間とかからない。ついでにクルジスの復興具合も確認してくればいい。・・・・まあ、クルジスという国はなくなったけど、そこに住んでいる人はいるはずだ。」
作品名:こらぼでほすと 花見3 作家名:篠義